魚に多く含まれることで知られているEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)などの多価不飽和脂肪酸には、実は認知症予防の効果があるのではないか、と言われています。
今回はその可能性について、千葉大学社会精神保健教育研究センターの教授である、橋本 謙二様にお話を伺いました。
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多価不飽和脂肪酸(PUFAs)とは
編集部:そもそも多価不飽和脂肪酸とはなんでしょうか?
橋本教授:脂質には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の2種類があります。
飽和脂肪酸には、常温で固まりやすい性質があり、摂りすぎると動脈硬化などを引き起こす可能性があります。
一方、不飽和脂肪酸には常温で固まりにくい性質があり、血圧やコレステロールの低下などに効果があります。
さらに不飽和脂肪酸には、一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸の2種類があります。
多価不飽和脂肪酸とは、いわゆるオメガ3系脂肪酸、オメガ6系脂肪酸で、アラキドン酸、EPA、DHAなどのことを言い、アマニ油や魚などに多く含まれています。
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多価不飽和脂肪酸の代謝による炎症と抗炎症作用
引用:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6363819/
編集部:橋本教授の研究から、どのようなことがわかったのでしょうか?
橋本教授:多価不飽和脂肪酸は、いくつかの代謝の酵素の作用によって、炎症を引き起こす物質に変化します。
ですから、その酵素を阻害する薬剤が開発されて、治療薬として使用されています。
また、多価不飽和脂肪酸は、炎症を起こす有害な物質だけでなく、抗炎症作用のあるエポキシ脂肪酸という物質にも変化します。
エポキシ脂肪酸は抗炎症作用以外にも、血管拡張、血管平滑筋細胞の移動阻害作用などがある、有益な脂肪酸です。
しかし、エポキシ脂肪酸は、可溶性エポキシド加水分解酵素という酵素によって、炎症を引き起こす物質に代謝されてしまいます。
うつ病やパーキンソン病、レビー小体型認知症の方の臓器や脳内には、この可溶性エポキシド加水分解酵素の濃度が高くなっており、それによってエポキシ脂肪酸が代謝され、抗炎症作用が落ちるという仮説を我々は立てました。
つまり、可溶性エポキシド加水分解酵素の阻害剤が、そのままパーキンソン病やレビー小体型認知症の治療薬になるのではないかというのが、我々が発表した論文です。
編集部:パーキンソン病やレビー小体型認知症になると、可溶性エポキシド加水分解酵素が増えるということですか?
橋本教授:そういうことです。
しかし、原因か結果かということはこの研究ではもちろんわかりません。
つまり、レビー小体型認知症になったから、可溶性エポキシド加水分解酵素が増えるのか、可溶性エポキシド加水分解酵素が増えたからレビー小体型認知症になるのかはわかっていないということです。
まぁパーキンソン病とレビー小体型認知症はジワジワとなっていくものですから、そういった過程で可溶性エポキシド加水分解酵素が増えていくという可能性はありますよね。
ですから、早い時期にこの酵素の阻害剤を使えば、症状の悪化を防げるのではないかと考えているというわけです。
編集部:実際にその運用はされていないのですか?
橋本教授:そうですね、この研究はアメリカのカリフォルニア大学デービス校と共同で進めているのですが、そちらが持っているベンチャー企業で開発され、現在、臨床試験を行っています。
ただ、パーキンソン病やレビー小体型認知症の患者に使われているのではなく、「痛み」に対して効果があるかどうかの試験を行なっています。
編集部:痛みにも効果があるのですか?
橋本教授:そうですね。
痛みというのは、薬を使って痛みが治るかどうかを調べれば良いので、臨床試験としては簡単なんです。
認知症などは、ゆっくりと時間をかけて進行するものなので、臨床試験をしようとすると年単位での投薬が必要なんですよね。
ですから、痛みで効果が現れたら、認知症などでも臨床試験をしたいと考えているようです。
しかし、まだまだ認知症等の患者様で臨床実験できる状態ではないというわけですね。
編集部:なるほど、ではやはり現段階では、オメガ3やオメガ6を食事から摂るといったことが重要なのでしょうか?
橋本教授:そうですね、オメガ3などを食事やサプリメントから摂ることは、悪いことではないということは言えますよね。
食事と運動が大切になってくると思います。
研究に対する思い
編集部:橋本様がどういった経緯でこの研究を始めたか、伺ってもよろしいですか?
橋本教授:実はもともと認知症の研究をしていたわけではないんですよね。
もともと多価不飽和脂肪酸は体によく、そういったものを青魚などから摂取する日本人は外国の方と比べて、循環器疾患などが少ないとか、そういった論文は昔からあるんですよ。
そして私が統合失調症の研究をしている際に、たまたま可溶性エポキシド加水分解酵素の阻害剤を実験で使う機会があって、効果があったので、それを小さい論文で発表しました。
そうすると、この論文を読んだ、カリフォルニア大デービス校のBruce Hammockさんという方が、共同研究に誘ってくれたんですよ。
彼らは、可溶性エポキシド加水分解酵素の阻害薬の治験なども進めていたんですよね。
その研究を進めるうちに、可溶性エポキシド加水分解酵素阻害薬が統合失調症以外の病気にも効果がありそうだということがわかってきたというのが、この研究を始めたきっかけです。
編集部:なるほど、もともと認知症の研究をしていたわけではないんですね。
やはり、認知症や脳の病気などの臨床実験は、他の病気と比べても難しいものなのでしょうか?
橋本教授:そうですね。
一番難しいのは、例えマウスなどで効果が見られても、人間には効果がないのがほとんどだということです。
動物実験で効果が出ても、人間で効果が出るのは1%とか0.1%くらいの割合なんですよね。
一応動物実験で効果があることはあるのですが、だからといってすぐに人間に効果があるとは言えないので、しっかりと段階を踏んで先に進んでいかなければいけません。
ですからまだまだ先のことにはなるとは思います。
まだまだ日本では認知症患者は増えていくと思いますので、早いうちに投与するのが重要なんですけどね。
健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ
編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。
橋本教授:やはり、認知症に対して有効な薬が出ていない以上、食事と運動が大切だと思います。
薬というのはどうしても副作用とかがあると思うので、日々の生活習慣に気をつけながら過ごしてほしいですね。