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【専門家インタビュー】聴覚言語処理研究を通じ患者様が安心して過ごせる環境へ

日本医科大学多摩永山病院精神神経科 部長・准教授
肥田道彦

認知症は、脳内に異常タンパクの蓄積や、脳血管障害の合併など、さまざまな原因が起き、日常生活に必要な認識や行動を行う能力が低下していく病気です。

今回は、そんな脳の機能の異常を「聴覚言語処理」という視点から研究している、日本医科大学多摩永山病院精神神経科の肥田道彦様にお話を伺いました。

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認知症を抱える方が安心して過ごせるように

編集部:まずはじめに、肥田様がどういった方の治療をしているのか教えてください。

肥田先生:私は精神科の臨床医として勤務をしています。主に高齢者や認知症に伴う周辺症状をお持ちの方を診察することが多いです。

リエゾン・コンサルテーションといって、骨折や他の病気で入院されている方で、認知症の疑いがあり対応が難しい方や、落ち着いて内科的治療や外科的治療を受けられない方などに対して、精神的なサポートをしています。その中でも、合併症を抱える認知症の方の対応をすることが多いんです。

編集部:なるほど、そういった方を治療するにあたり、どういった思いで接しているのでしょうか?

肥田先生:1番思うのは、入院されている高齢者の方々が、少しでも安心してゆっくり療養できることが必要だなと思っています。

そのために、定期的に臨床心理士や精神科専門看護師、薬剤師や精神保健福祉士と「精神科リエゾンチーム」を組んで、医師としてチーム医療の中で何ができるのかを常に考えて活動しています。もちろん薬を使って治療することも大事ですが、環境を整えたり、孤独にならないように声掛けをしたり、日中の過ごし方を考えたりだとか、入院生活が少しでも安心できるようにサポートしていくことが大切だと思っています。

精神面の診療をする上では、特に患者さんに安心して療養してもらえるよう心がけているのですが、すべての患者さんの期待に添えるようには、うまくいかないことも多いです。

私は医学部を卒業してから、治す医療も大事ですが、治らない病気に対して患者様に寄り添い続けるような医療も大切だと思ってきました。

もちろん患者様の病気を治すことも重要ですが、治らないながらも医療スタッフがどういった接し方をすれば患者さんが安心して治療が受けられるかとか、患者様を支える家族の方をいかにサポートしていけば良いかとか、そういったことも重要だと思っています。

これは1人でできることではないので、患者さんがお住まいの地域行政担当の方々や病院内の医療スタッフと協力することで、初めて患者さんやご家族のお役に立てるのではないかと思っています。

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音や言葉の認識を認知症研究・治療に生かす

編集部:どういった研究をしているか伺ってもよろしいでしょうか?

肥田先生:私は元々ファンクショナルMRIを用いた臨床研究をしており、特に聴覚言語処理といって、ヘッドホンを使って、さまざまな言葉や音を聞いた時の脳の働きを調べる研究をしています。

編集部:どのような思いでこういった研究を始めたのですか?

肥田先生:私の理想の医師像として、「人に寄り添う医療」を提供したいという思いがあります。

ですから、お声掛けした時の患者様の脳の働きについて、医療スタッフからのどのような声かけが患者様にとって安心でき、好意的に感じられる声かけなのかといった疑問や、幻聴がどうして起きるのか?認知症の周辺症状はどうして起きるのかといった疑問について、少しでも調べたいと思い、ファンクショナルMRIの研究を始めました。

編集部:この研究の難しい部分はどういったことですか?

肥田先生:認知症の方は「これを覚えてください」とか「これを聞いてください」とか言っても、すぐ忘れてしまうことが多いんですよ。
ですから、直接認知症の方の脳のはたらきを調べるのが難しいことが多いんですよね。

MRIで検査をする場合、健常の高齢者の方や、軽度認知障害(MCI)の方は比較的検査しやすいのですが、認知症の方だとなかなかうまくいきません。

編集者:なるほど、これに対してどういった対策をとっているのでしょうか?

肥田先生:まずは、統合失調症の方の脳を見てみようと思いました。
というのも、統合失調症は幻覚が見えるなど、認知症の症状と少し似ている部分があるんですね。もちろん厳密にいうと異なる症状なのですが。

健常者では、右利きの人が言葉を理解するときは左の側頭葉と前頭葉を使い、言葉を話す時や高度な文章を理解するとき、左の前頭葉を使って解釈することがわかっています。一方、統合失調症の方の脳では、そういった言葉を理解するための脳の機能が低下していることがわかってきました。

編集者:他にも何か検査したことはありましたか?

肥田先生:私は言葉の認識だけでなく、人の声の認識にも興味がありました。

人の声の認識とはどういうことかというと、人間が人間であることをどのように認識しているのかを検証するというものです。例えば、「人の声」と「人以外のものが発する音(環境音など)」を区別するときに、脳がどのように働くのかというような検査です。

この検査すれば、認知症の方は我々を人だと認識できているか否かがわかると思うんですよね。なぜこの研究が重要だと思っているかというと、人を人として認識できることは人間としての本質だと思うからです。

実際に、統合失調症の方ですとか、自閉症の方などは、人の声を認識できる機能が落ちているということがわかってきています。

また、光トポグラフィを使って調べた研究では、鬱状態やネガティブな考えになっていると、単語をできるだけたくさん話そうとしているときの脳のはたらきが、左外側の前頭葉を中心に低下してしまうということもわかってきています。

ただ、これらの検査結果を生かして、治療するという段階には、まだ至っていません。

編集者:これから研究しようと考えていることはありますか?

肥田先生:音や言葉だけでなく、感情の認識についての研究も少しずつ始めています。そうは言っても、感情の認識と言葉の認識を区別するのってなかなか難しいんですよ。

例えば、「楽しかった。」など、たいていの感情を含む言葉は、感情も意味を含んでいるんですよね。ですから、純粋に感情を評価するということが難しいと思っているんです。

したがって、簡単なあいさつを使ったり、できる限り意味を含まないような音声を使って感情の認識を調べなければいけないということが、この研究の難しいポイントなんです。

また、日本人と海外の人では、全く同じ音声を聞かせても、その音声に対する感情の認識の仕方が違うんですよ。

文化とか環境の違いによって感情の認識に差が生まれてしまうので、どこまでが健常でどこからが異常かがわかりにくいんです。この点も研究を難しくしているんですよね。

他にも、最近の研究では、安静時の脳の状態を調べることによって、言葉や感情を認識しているときの脳の働きを推定できる技術が開発されつつあるんです。そういった技術を使用して、認知症の研究をさらに進めていきたいと考えています。

編集部:安静時とは具体的にどういった状態なのでしょうか?

肥田先生:そうなんですよ。安静時の定義は難しいんですよね。

例えば、MRIの中に入り、固視点を10分ほど見てもらい、安静状態の脳のはたらきを調べたりしています。

実はこのように、ボーっとして固視点を見ている状態は、自分の存在を客観視しているような状態でもあるんですよ。

その時の脳の働きが、アルツハイマー病の方や軽度認知障害の方だと低下することが、近年わかっているので、このような安静時のファンクショナルMRIを応用すれば、認知症患者さんの脳機能をふまえた診断に役立つのではないかと考えています。

しかし、そもそも認知症の方は、安静の状態にするのが難しいという問題もあります。

現在は2つの研究の方向性を考えています。

1つは脳機能を明らかにしようというもので、光トポグラフィやファンクショナルMRIなどを使って、言葉や感情を認識しているときの脳のはたらきを検証していこうというものです。

もう1つはPETを中心とする分子イメージングを使い、認知症の原因の1つであると考えられているアミロイドβですとか、タウタンパクの蓄積を調べ、脳内のアミロイドやタウの蓄積が、安静時の脳のはたらきにどのような影響を及ぼすのかを明らかにしていこうというものです。

どちらの研究も、認知症の方に安静にしてもらうことの難しさや、コロナ禍の影響もあり、なかなか進まないのですが、少しずつ研究をすすめ、認知症治療に役立つ研究にしていきたいと思っています。

健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ

編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。

肥田先生:患者様に対するメッセージですか、なかなか一言で表すのは難しいですね。

認知症は患者さんに病識がない場合もありますが、症状の出現によって、今後の生活が不安になったり、落ち込んだりされる方も多いと思っています。そのようなときに、1人で悩まず、家族ですとかヘルパーさん、行政の方に何気ない話でも結構ですので、話しをする機会を増やして欲しいなと思っています。

実際、認知症になられる前に、普段、話をすることが苦手だった方や、あまり周囲の方々と関わってこなかった方でも、認知症と診断され、デイサービスや訪問看護・訪問介護・訪問リハビリなどを利用するなど、周囲の方々とコミュニケーションをとるようになると、落ち着いて安心して暮らせるようになる姿をよく見るんですね。ですから、周囲の人と接することが苦手な方でも、安心して周りの身近な人を頼って欲しいと思います。

また、介護者さんには、頭が下がる思いです。

患者さんの症状がすすむどこかの時点で、ご家族が精神的に御負担を感じられる方がほとんどのように思っています。本当に大変な時は、周囲の力を借りて、休む時間を作ってくださいと言いたいです。

長い目で見て、その患者さんに寄り添えるような介護をして欲しいなと思います。

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薬の使い方

日本医科大学多摩永山病院精神神経科 部長・准教授

肥田 道彦こえだ みちひこ先生

日本精神神経学会専門医・指導医
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