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【専門家インタビュー】筋肉の衰えが認知障害発症を引き起こす原因になる

富山大学 和漢医薬学総合研究所
研究開発部門・病態制御分野・神経機能学領域
東田千尋 様

富山大学 学術研究部薬学・和漢系/和漢医薬学総合研究所・神経機能学領域の東田千尋教授と長瀬綸沙大学院生により、骨格筋の萎縮により認知症が発症する現象が明らかになりました。

今回はその調査結果や認知症を引き起こす様々な原因について、東田千尋教授にお話をお伺いしました。

研究に関するプレス発表資料

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研究を行ったきっかけ

 

編集部:まず、今回の調査でなぜ筋肉の衰えに着目しようとしたのですか?

東田様:これまでの研究結果から、アミロイドβという物質が脳内で増加し、それが凝集し沈着することで認知障害を発症することは既に明らかになっていました。

しかし、アミロイドβの増加だけが認知障害を発症する唯一の原因ではないという考えもあります。遺伝的にアミロイドβが脳内に溜まってしまう家族性アルツハイマー病の患者さんの割合は、全アルツハイマー病の患者さんの中で約10%に過ぎません。残りの約90%の患者さんは特に遺伝的な素因がなく、原因が分からないままアルツハイマー病にかかってしまう方々です。

ここ2,30年、アミロイドβを減少させる薬やアミロイドβの阻害剤などたくさんの治療薬候補が研究されていますが、治験に進んでも、肝心の記憶力は改善できないという問題に直面しています。

私は、アミロイドβを減らすことだけでは認知症予防に効果的ではない、不十分であると考えています。

編集部:そうなんですね。アミロイドβ以外にも原因があると考えたのですね。

東田様:はい。それとは別に認知症を発症する大きな原因として、加齢があります。加齢に伴う大きな変化の一つは、筋肉の衰えです。

そこで、骨格筋の衰えが引き金となって認知症が発症する場合があるのかもしれないと考えました。しかし直接的にそれを示す証拠はまだありませんでした。

一般的には、認知症を防ぐためにたくさん運動するべきであると考えられていますし、事実、運動をすることで骨格筋からいくつかの分子が分泌され脳に良い効果をもたらすということが、他の研究者によって示されています。

しかし年を重ねていく上で、運動をたくさんする、ということには限界があるのでは?現実的ではないのではないか?と考えました。

また、良い分子があるのであれば悪い分子もあるのではないか?そしてもし悪い分子を特定出来れば、それを抑えることで認知症を抑制できるのではないかと考えたのです。そこで、筋肉が衰えてしまった時に何らかの悪い分子が分泌され、脳に悪影響を及ぼすという仮説を立てて、今回の研究を行うことになりました。

 

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アルツハイマー病モデルマウスを使用した実験方法

 

編集部:なるほど。実際にどのような実験を行ったのでしょうか。

東田様:はい。まず、認知症がどのくらいの時期に発症するのかがはっきりと決まっているアルツハイマー病モデルのマウスを用意しました。

私たちが用いた5XFADマウスは、生後約4ヵ月で記憶障害が発生するマウスです。今回の実験では、記憶障害が発生する前の段階である3か月齢未満の若いマウスを使用しました。

その若いマウスの後ろ肢を約2週間動かないように固定し、骨格筋の萎縮を誘発しました。その結果、本来認知症が起こる時期よりも若い段階であるにもかかわらずマウスに記憶障害が発症しました。

なぜこのようなことが起きたのかを調べるために、萎縮した骨格筋を取り出し、分泌される物質を調べました。

88もの分子が見つかりましたが、最も多く分泌されていたものがヘモペキシンでした。

ヘモペキシンが骨格筋から分泌されるということが過去に報告されたことはなく、ヘモペキシンが分泌されることでどのようなことが起こるのかも分からなかったので、私たちで調べることにしました。

編集部:そうだったんですね。実際にどのような影響があることが分かったのですか?

東田様:実験の結果、骨格筋から分泌されたヘモペキシンは血中に入り、血流にのって脳内に移行することが実験で示されました。

次にヘモペキシンが脳にとって悪い物質なのかを調べるために、若い時期のアルツハイマー病モデルマウスを用意し、脳の中にヘモペキシンを人為的に2週間注入するという実験を行いました。そうすると、若齢にもかかわらずマウスに記憶障害が発症したのです

これらの実験結果を合わせて考えると、骨格筋が萎縮することで骨格筋からヘモペキシンが分泌され、そのヘモペキシンが脳内に到達することで記憶障害が発症する、ということが分かりました。

編集部:なぜヘモペキシンが脳内に到達すると記憶障害が発症してしまうのでしょうか?

東田様:それについても全く手掛かりがありませんでしたので、実験的に調べました。

脳内にヘモペキシンを注入したマウスの海馬(記憶を司る部位)と対照群のマウスの海馬を摘出し、発現する分子の量的な違いを比較しました。

その結果、ヘモペキシンを投与した海馬の中で発現量が増加した分子としてリポカリン2が見出されました。リポカリン2は、脳の中に炎症を促す役割が知られています。

記憶障害も、脳内の炎症が深く関わると考えられていますので、ヘモペキシンは脳内でのリポカリン2増加を介して、脳内炎症を引き起こすのではないかと考えられます。

ということで、足を動かさないということだけで、おそらく脳内炎症を介して記憶障害が起きることを明らかにしました。

 

認知症発症を防ぐために

 

編集者:ありがとうございます。この研究結果をもとに、今後研究しようと考えていることはありますか?

東田様:もともと私たちの大きな目標は、認知症を発症させない、ということです。

今後は、骨格筋からヘモペキシンが分泌されることを防ぐ薬を探したいと思っています。そのような薬を開発できれば、認知症発症の前の段階から飲み続けることにより、認知症を発症させないことも夢ではない時が来るのではと思っています。

究極の認知症予防薬となるものを、ヘモペキシンに着目し、現在取り組んでいます。

 

運動以外に認知症予防に効果的と言われているもの

 

編集部:ありがとうございます。今回は運動という観点での認知症予防についてお伺いしましたが、他に効果的と言われている対策などはありますか?

東田様:そうですね。様々な研究から示されている認知症の危険因子としては、運動不足の他に、喫煙習慣、高血圧、肥満、糖尿病などがあります。積極的な人との関わりすなわち社会活動も大事だと言われています。また、教育歴すなわち頭を使う生活を送っていることもリスク低減に関与が深いと言われています。

また、認知予備能という概念もあります。たとえアミロイドβが脳内に分泌された場合でも、認知予備能が高い人は認知症を発症しにくいと言われています。

しかしまだ認知予備能の分子的メカニズムについては、具体的に明らかになっていません。

私たちは、脳の機能は脳の中だけで決まるのではなく、脳と他の臓器とが相互に作用しあうことで状態が変わりうると考えています。今回は骨格筋と脳の関係に着目して研究をしましたが、さらに他の臓器との関わりも含めて包括的にみていく必要があると考えています。

健達ねっとECサイト

健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ

 

編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。

東田様:当事者の方々のご苦労は本当に大変なことと思います。

私たちは、認知機能に不安を持つ方々、そして認知症の方を支える周りの方々に、一日でも早く研究の成果が届くようにという強い想いで研究を日々進めております。確かな科学的エビデンスに基づいて、薬やサプリメントなど色々な形で、当事者の方々に届けられるよう努力しています。

このような研究者の挑戦を皆様の希望のひとつに思っていただけたら幸いです。

 

薬の使い方

富山大学和漢医薬学総合研究所・研究開発部門・病態制御分野・神経機能学領域 教授

東田 千尋とうだ ちひろ

日本神経化学会(理事、評議員)
日本神経科学会 (Neuroscience Research編集委員)
日本薬理学会(学術評議員、JPS編集委員)

  • 日本神経化学会(理事、評議員)
  • 日本神経科学会 (Neuroscience Research編集委員)
  • 日本薬理学会(学術評議員、JPS編集委員)

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