浦上克哉様
認知症といえば、認知機能や判断力の低下などの症状を連想する方が多いのではないでしょうか。実はアルツハイマー型認知症になると、もの忘れよりも先に嗅覚機能に異常をきたすことがわかっているのです。
今回は、認知症と嗅覚の関係や嗅覚を通じた認知症予防について研究している、日本認知症予防学会理事長で鳥取大学医学部教授の浦上克哉教授にお話を伺いました。
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アロマの研究を始めたきっかけ
編集部:アロマの研究を始めるきっかけはそもそもなんだったのでしょうか。
浦上様:はい。当時私たちはもの忘れが認知症の初発症状であると考えており、認知症に対して様々なアプローチを行っていました。
しかし、私たちが疫学調査で認知症を発症する前の段階にいる地域の方々の経過をフォローしていた際に、実際に嗅覚障害がもの忘れ)よりも先行して起こっていたことを見出しました。
そこで嗅覚障害に着目して研究を進めていく過程で、アロマによる嗅覚神経への刺激が、認知症発症の予防につながるのではないか、と考えました。
その根拠として、アルツハイマー型認知症というのは神経変性疾患という分類に分けられる病気なのですが、神経変性疾患というのは、必ず決まった通りに病変が広がっていくものです。
嗅覚障害が始まった段階で上手くアプローチ出来れば、次のステップである記憶障害への神経変性が及ばないようにすることができる可能性があると考えました。
嗅神経を効果的に刺激し、弱っている嗅神経細胞を元気づける方法はないだろうかと長年悩み続けてきた挙句、やっと到達できたのがアロマの香りです。
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神経を刺激するのに効果的な香り
編集部:実際にどのような香りが効果的であると分かったのですか。
浦上様:嗅神経の回復に効果がありそうな様々な香りを試行錯誤して調べた結果、最終的に得られたことがローズマリーカンファ―とレモンのブレンドが昼用アロマとして効果的であるということでした。
それから、刺激をするだけでは効果的ではないということで、昼間に刺激した神経細胞を回復させるために真正ラベンダーとスイートオレンジのブレンドが夜用アロマとして用いることが効果的であることが分かりました。
現在は軽度認知障害(MCI)の方を中心にこの香りが役立っています。
編集部:実際に一般の方にどのくらい普及されているのですか。
浦上様:まだまだアロマについて知らない方が多いです。幸いなことに報道番組や医学番組で紹介していただいたおかげで全国的に知られるようにはなりましたが、まだ十分普及しているとは言い難いです。
ですので、普及活動や啓発活動に関しましても継続して行っています。
編集部:そうだったんですね。先ほどおっしゃっていた昼用アロマと夜用アロマですが、市販でもう売られているのですか。
浦上様:そこがですね・・・少し前から大きな問題になっています。
医学番組で取り上げていただいたおかげでものすごく全国ネットで広がり、色んなメーカーさんが私が推奨したアロマのブレンドの商品をつくっているのですが、その商品の大半は化学合成してつくったもので、香りは同じ香りがするのですが、本物の植物から抽出した香りではないのです。
化学合成した香りは、短期間嗅ぐ分にはそんなに大きな問題ではありません。
けれども認知症予防というのは、だいたい発症する20年から30年ほど前の40代くらいから始めても早すぎるということはありません。
ということは、長い間にわたってアロマの香りを嗅ぐ必要がありますので、化学合成された本来人間の体にはないものが入っていきますと、分解できずに肝臓などに蓄積していく可能性があります。最悪の場合、命に関わることがありますので、私は化学合成されたものは使わないようにしていただきたいと思っております。
私自身も呼びかけてはいるのですが、やはり化学合成されたものの方が値段が安いんですね。なかなかそのあたりが課題となっております。
編集部:なるほど・・・。具体的にその課題に向けて行っている取り組みなどはありますか。
浦上様:はい。みなさんから、「どのアロマを使ったらいいんですか?」という質問を非常によくいただくのですが、私自身も分からないんですね。
アロマは医薬品ではありませんので、きちんと商品提示をしていないメーカーさんもいらっしゃいます。ということで私はやむを得ず「浦上式アロマオイル」を販売してもらうことにしました。
浦上式アロマオイルは天然の無農薬で栽培した植物から抽出したオイルを原料としておりますので、そういったものを推奨しております。
嗅覚機能検査キットの開発
編集部:アロマの開発のほかになにか行っている研究や取り組みなどはございますか。
浦上様:そうですね。研究と同時にアロマを普及させていくレベルに現在は移行しています。
まず1つ目に、先ほどお話したアロマセラピーを有効に使っていくために、嗅覚障害を早く見つけることが重要になってきています。
残念ながら、人間は嗅覚機能が著しく退化した動物であるので、嗅覚機能の障害をなかなか自覚しにくいんですね。
なので、嗅覚機能の低下を早く見つけるための嗅覚機能検査法の開発を今進めております。
これまでも耳鼻科領域で嗅覚機能を検査するキットはあったのですが、認知症の前段階として起こってくる嗅覚機能の異常を見つけるのには最適な検査法とは言えません。
ですので有効かつ簡易に見つけられるような嗅覚機能検査法、嗅覚機能検査キットの開発を現在進めております。
鳥取県ならではの取り組み
浦上様:また、鳥取県で一丸となって認知症を予防する取り組みも行っています。
実際に認知症になりたくない、予防したいという思いは皆様強いと思うのですが、いざ認知症が疑われた時に病院に行くことはとてもハードルが高いんですね。やはり私もすぐに病院で診てもらうことはハードルが高いと思います。
ですのでもっと手軽に相談できるところがあったら、早期発見に効果的なのではないかと考えました。
そこで、平成16年から鳥取県の琴浦町というところで「もの忘れ検診」だったり「予防教室」の取り組みを行っています。65歳以上のまだ介護保険を受けていない健康そうに生活している方々を対象に、もの忘れ検査を実施し認知症やMCIの早期発見に繋げ、地域で予防する活動を行っています。
鳥取県知事の平井さんからも琴浦町の取り組みは非常に良いという評価をいただき、こういった取り組みをぜひ鳥取県全域に広めてほしいという言葉をいただきました。
ですので私たちは「とっとり 認知症予防プログラム」を作成し、運動や知的活動、座学プログラムをDVDやパンフレットにしてまとめ、情報提供を希望された地域に提供しています。有難いことにこのプログラムは現在全国レベルで広まっています。
今後の目標:人材育成の観点から
編集部:認知症予防の観点からみて、浦上様の最終的な目標はございますか。
浦上様:そうですね。やはり認知症予防の研究はとても進んでいるのですが、海外の研究に比べると日本は認知症予防に関する信頼性のあるデータは少ないんですね。
ですので、そういったものをこれからしっかり出していくことが1つの大きな課題ではないかと思っております。
また、物事を進めていくにあたって、人材というものが必要になっていきます。
そういった面で私が理事長を務めている日本認知症予防学会では、認知症予防専門医や認知症予防専門士など色んな職種の専門制度をつくって人事育成を行っております。
また、私が実際一番感じることは、これから教育をもっとしっかりやっていかないといけない、ということです。
20年前からアリセプト錠というアルツハイマー型認知症の薬が市販され、非常に皆さん喜ばれていたのですが、残念ながら薬が出来たのにも関わらず世の中に活用いただけていないという課題にすぐ直面しました。それは、かかりつけ医の先生方がアルツハイマー型認知症のことを十分に理解できず、診療を行うのに抵抗が大きかったからです。
なぜ先生方が分からなかったのかというと、私もですが、認知症のことを学生時代に習っていないからなんですね。
ですから私は学生時代に色んな職種の方が勉強する機会をつくらないといけないということを考えました。
現在学会としては人材育成を行っていますが、今後は大学などの学生時代から学べるようにしていきたいです。
認知症予防学というような学問体系をつくり、認知症予防を学生時代からしっかり学ぶのが当たり前という時代をつくっていくことが私の今後の目標になります。
北翔大学では、選択科目ではありますが、学部学生で認知症予防学を学ぶ講義をいち早く取り入れていただいて、私も5年前くらいから客員教授に任命していただき毎年講義に行っております。
健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ
編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。
浦上様:はい。まず認知症予防というのは、広い意味でいうと一次予防に認知症の発症予防、二次予防に病気の早期発見・早期治療、三次予防に病気になった方の進行を予防する、という3つの概念があります。これらは全ての病気の予防のために使われている概念と同じです。
ですので認知症予防においてもすべての病気に対する予防の概念を当てはめ、私たちは一次予防から三次予防までの一連の流れを切れ目なくしっかりやっていきたいと思っています。
認知症予防のエビデンスや危険因子を少しでも減らすような努力をすれば、認知症になる可能性を減らしたり、認知症発症を遅らせることが出来る事が現在発見されつつあります。
治療薬は残念ながらまだ出来てはいませんが、認知症も早く見つけて早く対応すれば予防できることがありますので、ぜひ希望を持ってみなさん生きていただきたいと思っております。