広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座が、日本老年医学会とともに実施した研究調査によると、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大による外出自粛等の感染対策が、認知症の方の症状に悪影響を与えたということが明らかになりました。
感染拡大下において認知症者にみられた影響(引用:広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座による調査結果)
広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座ではこれらの課題に対し、認知症の方やそのご家族による対応方法などをまとめたパンフレットを作成しました。
そこで今回はパンフレットの概要について、教授である石井伸弥様に詳しくお話を伺いました。
スポンサーリンク
パンフレットの3つの概要
編集部:こちらのパンフレットの内容をまずお伺いしてもよろしいでしょうか。
石井様:はい。まずパンフレットの目的は、認知症の方ご本人とご家族を対象に、それぞれの方の症状であったり日常生活機能に合わせた形で、どのようにしたら感染予防やコロナ禍における認知機能や身体機能の悪化を予防出来るのか、基本的な情報であったり行動プランの例を紹介して実践を支援することです。
したがって、こちらのパンフレットの内容は大きく分けて3つあります。
1つ目は基本的な知識や心構えとして知っておいていただきたいことです。
新型コロナウィルス感染症の基礎知識であったり、認知症の症状に合わせた感染予防の工夫というのを知識として提供させていただきました。
なぜ認知症の症状に合わせることが重要なのかというと、認知症の症状は人によって千差万別だからです。認知症を引き起こす病気は数多くあり、少なくとも70以上はあると言われています。
認知症の症状をどの病気が引き起こしているのか、認知症が始まってからどのくらいの時間が経過しているのか、また、周囲の環境によっても、症状の出方が全く異なってきます。
なんらかの1つの方法が、ある人にとっては上手くいったからといって、決して同じように全ての認知症の方にとって上手くいくとは限らないということです。
ですので、感染予防の例には様々な方法を提案し、患者さんに合わせた方法をとっていただけるようにしました。
2つ目は感染拡大の前に心がけていただきたいことです。
例えばクラスターが起こってしまうと、介護保険の事業所が閉鎖してしまったり、営業時間の短縮や新規受け入れの停止などサービスの縮小が起こってしまいます。
さらに、もしご家族の方が感染してしまうと、患者さんが濃厚接触者になり介護保険サービスを受けることが難しくなってしまいます。
ですので、そういったことが突然起こって困ってしまう前に、事前に準備していただきたいことを記載しました。
最後に3つ目は、外出自粛によって引き起こされる認知機能や身体機能の低下を防ぐために毎日続けていただきたいことになります。
スポンサーリンク
パンフレットを作成したきっかけ
編集部:ありがとうございます。こちらのパンフレットを作成したきっかけはなんだったのでしょうか。
石井様:そうですね。新型コロナウィルス感染症が始まった頃に、認知症の方やご家族の方から苦労しているという話を直接的に多く聞いておりました。
そこで、実際にどのようなことが起こっているのかを調べようと思い、昨年の6月から7月にかけて日本老年医学会と広島大学公衆衛生学講座と共同で、高齢者医療介護施設や介護支援専門員(ケアマネージャー)を対象とした調査を行いました。
この調査を通して、コロナ禍において認知症の方やご家族の方にどのような影響が生じたのかを調べた結果、日常生活において様々な課題に直面していたことが分かりました。
具体的にいうと、認知症の方は認知機能が低下しているために感染予防の実施が難しかったりします。また、感染予防のために新しい生活様式を実践すると、それによって日常生活に制限が生じてしまい、認知障害や身体機能が悪化してしまったということがありました。
また、実際に感染してしまった場合も、認知症の方はほとんどが高齢者ですので新型コロナウイルス感染症においてハイリスクであるグループに属していますし、認知症がある程度進んでいる方は新型コロナウィルス感染症を理解することが難しく、隔離が難しかったりするケースもあります。
このように、様々な課題が明らかになったことがきっかけですね。
これらの様々な課題に対してどのような支援が必要なのかということで、現在全国に広がっている認知症に対応する専門医療機関である認知症疾患医療センターの先生方を対象にアンケート調査を行いました。
その中でも、認知症の方やご家族に対しての情報提供が重要であるとの結果があり、パンフレットの作成に繋がりました。
パンフレットの効果検証
編集部:実際に効果などは感じられていらっしゃいますか。
石井様:そうですね。このパンフレットは色々なところで紹介していただいたのですが、かなり好意的に受け止めていただいて、役に立ったというご意見もいただいております。
さらに、広島県介護支援専門員協会(ケアマネージャー協会)からご協力をいただいて、このパンフレットがどのくらい役に立つのかという調査研究も行っています。
ケアマネージャーの方にこのパンフレットを活用していただき、担当の利用者さんに情報提供や話し合いをしてもらった結果、実際にどういった効果があったのかを検証しました。
この検証を行った調査期間は1か月間と短い期間でしたので認知機能や身体機能の低下ではなく、主に介護者の方の負担やストレスに対しての効果を中心に調査していきました。
パンフレットを使って介入を行ったグループと通常の介護保険サービスの利用を継続したグループの2つを比較した結果、パンフレットを使った介入で介護者のストレスが抑えられ、抑うつ傾向も改善したという結果になりました。
こういった調査を行ったことで、コロナ禍において認知症の方やご家族に対して情報提供を行うことの重要性と、認知症の方を支えていくうえで介護支援専門員(ケアマネージャー)もとても重要な役割を担っているということを示すことが出来ました。この結果は現在医学論文として投稿する準備をしているところです。
編集部:そうだったんですね。かなり良い効果が得られたということで、さらにこの調査結果から発展させて行っていることなどございますか。
石井様:そうですね。先ほど申し上げた高齢者医療介護施設や介護支援専門員(ケアマネージャー)の方を対象にした調査については、昨年の11月から12月にかけて第二回調査を行ったので、今発表の準備を行っています。
また、それ以外にも高齢者の方にどのような影響が生じたのかを調べるためにデータベースを使用した解析なども行っています。
健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ
編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。
石井様:新型コロナウィルス感染症は感染力も非常に強いですし、感染した場合、高齢者の方は重症化してしまう可能性も高く、非常に難しい疾患です。克服するためには一致団結して対応を行っていく必要があると思います。
認知症の方やご家族の方とも、みんなで知恵を出し合って対応していくことが大事だと考えておりますし、その上でこのパンフレットが手助けになればと考えております。
お互いに大変な時期だとは思いますけれども、知恵を出し合って頑張っていきましょう。