認知症介護研究・研修東京センター
群馬大学名誉教授
山口晴保 先生
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認知症に対するイメージを、ポジティブなものに変えていこう
認知症に対して、多くの人が「絶対に認知症になりたくない」「認知症になったら他人に知られたくない」と、まだまだネガティブに捉えています。しかし、日本人は95歳以上まで長生きすると、その8割が認知症になります。いわば、認知症は“長寿の勲章”です。戦争や、重篤な病気などで命を落とさなかった運のいい人が、長生きして認知症になれるのです。
このように、筆者は認知症に対するイメージをポジティブなものに変える、「認知症ポジティブ」を提唱しています。認知症になった人の99%は、65歳以上の高齢者です。もし認知症になったら、「長生きできてよかった」とポジティブに捉えて、周囲の人に「私は認知症になっちゃったから支えてね。お願い」と、気軽に言える時代になってほしいのです。
筆者はもの忘れ外来の医師です。「残念ながら、あなたは認知症がはじまっています」と告知する最前線にいます。告知すると、「それなら死にたい」と訴える方が多くいますが、そのような方に安心して帰っていただけるような診療を心がけています。
たとえば、本人にお伝えするときには、
「あなたは本日認知症と診断されたので、今日から堂々ともの忘れできます。忘れるのは病気のせいで、あなたが悪いのではありません。忘れていいのです」
と伝えます。隣にいる家族には、
「大切なことは、あなたが覚えておいてください。そうすれば、本人は安心して忘れられます。それと、忘れてしまうことを責めないでくださいね。たとえば、脳卒中になったら手足が動かなくなります。それと同じように、認知症になったら記憶が悪くなる。本人は忘れたくないけど、病気のせいで覚えられない。ですから、決して責めないでください。責めると互いにつらくなります」
このように伝えます。そして本人に、
「これで安心ですね。忘れても責めないようにご家族に伝えましたから」
と言って、ひと段落です。このように、ポジティブな伝え方を意識すると、本人もご家族も、認知症という病気を少し前向きに受け止めやすくなります。
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認知症の人へのケアは、“認知症になってもできること”に着目を
明治時代、認知症は「狂(きちがい)」とされ、認知症の人が癲狂院(精神科病院)の中で鎖に繋がれたり、自宅の座敷牢に閉じ込められたりしていた時代がありました。それから100年、認知症の人を一人の人間としてケアしようと、精神科医の室伏君子(むろぶしくんし)が「理にかなったケア」を提唱しました。1980年代のことです。さらに、2000年頃にパーソン・センタード・ケア(「その人らしさ」を大切にするケア)がイギリスから輸入されて全国に普及し、認知症になっても尊厳が守られる時代になりました。
そして冒頭でも述べたように、筆者は「認知症ポジティブ」を提唱し、認知症の方のケアにおいて“ポジティブケア”をおすすめしています。出来事には、「陰」と「陽」の2面性があります。人間はつい陰(ネガティブ)のほうに目がいきがちですが、陽(ポジティブ)に目を向けると、世界が変わります。認知症のケアにおいても、同じことがいえるのです。
例を挙げてみましょう。アルツハイマー型認知症の人が、同じことをこちらに何度も質問してくるとします。5分後にも、その5分後にも。介護者は徐々にイライラして、つい「なんで同じことを何度も訊くの」と言ってしまいます。
ネガティブな面に着目すると、これは「記憶障害」が主要因です。でも、よいケア(毎回質問に丁寧に答えるなど)を行っても、この状況は改善しません。ところが、視点を変えると、いろいろな対応法が浮かび上がります。たとえば、
- 一緒に掃除や調理を始める(役割)
- 一緒にお茶を飲んで、楽しい昔話をする(気分転換)
- 一緒に散歩に出かける(不安の軽減・日課・気分転換)
- 別な興味を引くものに切り替える
など、記憶障害そのものへの対応(ネガティブケア)ではなく、認知症になってもできること(残存能力)に着目した、ポジティブケアが有効でしょう。
医学は基本的に、障害や欠点に着目して、それをなくそうとします。これが“治療”です。一方、ポジティブケアは、障害や欠点には目をつぶり、その人の長所や残存能力に着目します。そして、それを引き出します。
リハビリテーション専門医でもある筆者は、以前から脳活性化リハビリテーション5原則を提唱しています。認知症の人の能力を引き出すには、
- 【原則①】楽しく実施(快刺激)
- 【原則②】笑顔で楽しい会話(双方向コミュニケーション)
- 【原則③】できる役割を担ってもらう(役割)
- 【原則④】できたことを褒める・感謝する(褒め合い)
- 【原則⑤】失敗しないようにさりげなく支援する(エラーレスサポート)
この5つが大切なのです。
「介護がつらい」と感じるときは、認知症ケアの視点を変えてみる
認知症のケアでは、大変なことがたくさんあります。それを否定はしません。でも、つらいことばかりに目を向けて「つらい、つらい」と口に出していると、本当につらい人生になってしまいます。ですから、視点を変えて、ポジティブなことを見つけ出す。「こんなにがんばっている私はえらい」「よい人生経験になるだろう」など、ポジティブなことを口に出すと、少し幸せになります。
筆者らは、夜寝る前にその日にあった3つのよいことを、自分を褒めるように日記に書く「ポジティブ日記」を開発しました(*1)。介護で疲れている人、うつになりそうな人は、ぜひポジティブ日記を付けて、幸せな人生に転換してください。
一度しかない人生です。長生きして認知症になっても、ポジティブに受け止める。認知症の人のケアを担当することになっても、ポジティブなことに視点を向ける。そして、認知症があってもなくても、誰もがポジティブに生きてほしいと願います。それでも、まだ私はネガティブだという人は、ぜひ拙著『認知症ポジティブ』(協同医書出版)を参考に、そのヒントを見つけてみてください。
【注釈一覧】
*1)『ポジティブ日記』ダウンロード
https://taigafuju.wixsite.com/positive-lab/positivediary