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認知症の精神療法

東京慈恵会医科大学精神医学講座
繁田雅弘先生

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認知症の人に対しても、“言葉による治療”は有効

個人精神療法、すなわち“言葉による治療”は、以前は認知症の人は対象としていませんでした。認知症の人は会話の理解力が低下していて、また、話したことも忘れてしまうと考えられていたからです。
しかし以前から、認知症の人にも精神療法的介入は有効であることが指摘されていました。私自身も、数年前から認知症の人との対話に取り組んでいます(『認知症の精神療法アルツハイマー型認知症の人との対話』HOUSE出版,2020)。
一般に、後述する「支持的精神療法」によって自己評価が回復して自我機能が高まると、現実検討能力や感情のコントロール能力はもちろんのこと、思考力や防衛機能,統合機能なども改善して、自分が置かれた状況を以前よりも的確に認識することができるようになります。
最終的には、状況に合わせた適応能力を発揮することができるようになる、それが支持的精神療法の戦術です。それは一般の精神障害だけでなく、認知機能低下に伴う精神症状にも有効性が期待できると考えられました。
今回のコラムでは、いくつかの精神症状を有する認知症の人を取り上げて、支持的精神療法の効果について述べたいと思います。

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対話のしかた次第で、自尊感情や自己効力感を維持できる

私は、アルツハイマー型認知症や軽度認知障害の人を対象として、支持的精神療法、すなわち、精神症状や困難な状況について行う“支持的アプローチ”による治療的対話を行っています。
たとえば、自動車運転免許の返納について、「あなたの運転はいざというときに危険を回避できない可能性があるので、免許を返納しなければならない」といった説得は、あまり効果を期待することはできません。
免許の返納といった本人にとっての不都合な判断は、自尊感情(自分を価値のある存在だと思う感覚)や自己効力感(自分ならできるという認知)が高く維持されていなければできないものだからです。上記の説得は、むしろ自尊感情や自己効力感を低めるものと考えられます。自分に自信を持ち、決断を実行できるという意識がなければ、困難を伴う判断はできないのです。
アルツハイマー型認知症や軽度認知障害では、失敗が続き、自信を失いがちです。そのような状況の人に対して「あなたは運転さえもできない人になった」という説得は、自発性や意欲を失わせ、日課や役割に対して消極的にしてしまうのではないでしょうか。
それよりも、「まだまだしっかりしておられるから、困難な判断でさえもご自身で可能である」といった方向の対話のほうが、自尊感情や自己効力感を維持できる可能性があります。

もの盗られ妄想は、訴えを取り下げさせることを目標にしない

もの盗られ妄想については、「誰かが盗った」という訴えを取り下げることは、自動車運転免許の返納と同様に、精神的に安定していなければできないことです。そうした判断をすることには、大きな精神的エネルギーを必要とするからです。
ここで重視すべきなのは、免許返納と同様に“自尊感情をできる限り傷つけないこと”、そして“自己効力感をできる限り下げないこと”と思われます。誰かを犯人扱いしているのであれば、あえて「元来のあなたは人を疑うような人ではない」とのメッセージを送ることも治療の一つでしょう。
当初の治療目標は、あくまで妄想の消失とはせず、“妄想に関する本人の訴えを減らすこと”、あるいは“妄想に伴う興奮や緊張を減らすこと”に設定にするのがよいと思われます。それらの目標が達成できたら、また次の目標を設定すればよいのです。
また、もの盗られ妄想は記憶障害を基盤にして起こるとされますが、「物を置いた場所を忘れてしまうことが原因ではないか」といったことを言及するのは、よい方法ではありません。私の経験では、記憶障害と物を失くした経験を関連させて洞察に至ったことはなく、また自己の能力の減退を自覚することは、自己効力感の低下につながるため好ましくないのです。

まずは傾聴と共感を。「訴えを受け止めてもらった」と感じてもらうことが大切

被害妄想については、精神療法的アプローチによって結果的に被害妄想が消失することは、私の経験ではきわめて少ないといえます。そのため、治療開始時点では妄想の消失を治療目標とはせずに、“精神的な余裕がもたらされ、表情や態度が穏やかになること”や、“妄想の訴えが減ること”を目標に、まずはしばらく傾聴と共感を試みるのがよいのではないでしょうか。
また、担当医やスタッフが、本人の妄想の訴えに疑問を呈するのは、信頼関係が一定程度築かれていることを確認してからです。場合によっては、誠実に疑問を呈する態度から信頼関係を築けることもありますが、リスクも大きいものです。そうした関係を築く前に本人の認識を修正しようとすると、本人にとっては「自分の想いを理解してもらえなかった」という失望が大きく、その後の対話が展開しなくなる可能性があります。
もちろん、妄想に関わる訴えを肯定してしまうことも治療とはいえません。治療者が事実と考えていないことを肯定することは、治療者が誠実さを放棄したことを意味するからです。こういった治療者の誠実さ・不誠実さに、本人は敏感に反応するものと思われます。まずは、本人が「訴えを受け止めてもらった」と感じられることを目指すのが、実臨床では現実的ではないでしょうか。続いて、本人と治療者が合意できる点を見つけることを目標にするのがよいと、私は考えています。

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