株式会社ヘルシーオフィス フー 代表取締役
管理栄養士
德田泰子 先生
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年齢とともに、食べることが負担になってしまう場合がある
高齢者にとって、食事は日々の楽しみであり、生命を維持するためにも重要な役割を担っています。
しかし、年齢を重ねることで起こる体の機能低下は、楽しみであるはずの食事を、いつしか「食べること」に負担を感じるものとしてしまうことが多々あります。
また、高齢者の食事に関わる中で、「高齢者食=介護食」、「難しい」というイメージを持っておられる方が多いと感じています。
ここでいう「高齢者食」とは、特別な食事ではなく、加齢に伴って起こる体の変化に適応した食事で、工夫次第でご家族や普通食の方と同じような食事をとることができます。
また、高齢者食よりもさらに弱った機能を補ってくれる食事を「介護食」として、分けて捉えています。まずは、体の変化に寄り添いながら、個々の変化にも適したこれらの食事について紹介したいと思います。
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「高齢者食」は、弱った“体の変化”に寄り添う食事
加齢に伴い、噛む力が低下したり、入れ歯が合わなくなったりと、口の中のトラブルが起こりやすくなります。
しかし、調理方法や食べ物の大きさ、噛み切りやすくするなどの工夫により、負担を少なくすることができます。これが高齢者食です。
食事というと栄養面にばかり目がいきがちですが、食欲を刺激し、食事量の低下を防ぐためにも、食事の彩り、香り、食事形態や盛り付け、食事環境の工夫も、食べる力にとって重要な役割となります。
【高齢者食の例:巻き寿司(粉砕のりをまぶしたのり巻き)】
巻き寿司はのりが噛み切りにくく、喉に付着するなどの危険があることから避けられることが多いのですが、食べたいとのご要望が多く、ブレンダーで粉砕したのりをまぶしています。
中の具材は通常のものと同じです。
見た目には通常食と変わりないのですが、問題点は解決できる献立となります。
介護食は、弱った“体の機能”を補う食事
高齢者食よりも、さらに弱った体の機能を補ってくれる食事が「介護食」です。誤嚥を防ぐためにも、食事の形態がとても重要になります。
個人の食事状況に合わせて、やわらかさや噛みやすさの調整を行い、口の中でのまとまりやすさについては、ミキサーにかけてペースト状にするなどの工夫をします。このように、飲み込みやすく、摂食嚥下に配慮した食事が必要になります。
ただ食べやすさを追求するあまり、必要以上に細かく刻んでしまうのではなく、見た目にも「食べたい」、「食べよう」と思える工夫を取り入れる食事が、高齢者の低栄養を防ぎ、介護予防へとつながります。
【介護食の例:鮭の塩焼き】
鮭のほぐし身とはんぺんを混ぜて、ブレンダーにかけています。かたさはだし汁で調整します。ご家族の食事と同じものを召し上がることができます。
低栄養を防ぐ食事、3つのコツ
高齢者の食欲低下の理由のひとつとして、体の機能低下が挙げられます。
ひと口に機能低下と言っても、味覚や食欲の低下、唾液分泌の低下によるものなど、多岐に渡ります。
たとえば、加齢により唾液の分泌量が減ると、その中に含まれる消化酵素が不足し、食べ物の消化吸収力の低下が懸念されます。
また、運動不足によっても空腹感が得にくくなり、食欲低下につながります。
食事量の減少や運動不足は、腸の働きを低下させるため便秘になりやすく、腸内環境を乱します。
腸と脳は密接に関わっています。
腸はとてもデリケートで、日常の不安やストレス、心の状態が便秘や下痢に影響を与え、逆に腸の状態も、脳を通じて体全体に影響を与えます。
このように、腸と脳が互いに影響を及ぼし合うことを「脳腸相関」といい、近年注目されています。
腸内の健康は、低栄養とともに、認知症対策においても重要な課題といえます。
ここからは、食欲の低下を防ぎ、低栄養を予防するための食事のコツをご紹介します。
①できるだけ家族と一緒の食事を
食事は1日3食、日々繰り返されますから、毎日完璧にこなすことは難しいものです。
手をかけすぎると継続が難しくなり、逆に意識しすぎないのも、偏って低栄養になりかねません。
高齢者の食事作りのポイントは、家族と同様の食材を活用し、特別でないことが望ましいと思います。
ただ、食材の大きさ、やわらかさの調整は必要です。
見た目に大きな変化がなくても食べやすいように“隠し包丁”(材料の見えない部分に包丁で切れ目を入れること)を施したり、下ゆでや、野菜の切り方(繊維を断ち切る方法)を工夫したりすることで、本人も家族と同じ食事をとることができ、孤立や孤独感を防ぐことができます。
②身近な食材を活用する
特に家庭での介護食は、ハードルが高いとお困りの方も多いと思います。
そこで、まずは身近な食材を活用して作ってみてはいかがでしょうか。
たとえば、はんぺんは魚や肉をペーストにする際、固形化食品の代用として繋ぎの役割となり、使うことでふんわりとまとまりやすくなります。
また、牛乳、少量のレモン汁と合わせてミキサーにかけるだけでムース状になり、副菜の1品として代用できます。
食欲がないときには食べやすいと好評です。
そのほか、だし巻き卵にすりおろしたおつゆ麩を混ぜると、汁気を吸ってやわらかく、離水の少ないだし巻き卵に仕上がります。
これらは本人の食事、摂食嚥下レベルにもよりますが、身近な便利食材を活用することで、家族と同じ料理で手軽に介護食に近づけることができます。
ほかにも豆腐、長芋(おろし)、マヨネーズなどを活用し、家庭での高齢者の食べたい気持ちに応えることができるのではと思います。
自分で食べることが食べる力になり、低栄養の予防につながります。
③好きな器と盛り付け方の工夫で食欲を刺激する
食欲が低下傾向にある方にお聞きすると、目の前にある1食分の食事は「圧迫感を感じる」とお話しされることがあります。
思うように食が進まないもどかしさ、作ってくれる人への申し訳なさもあるそうです。
そのようなときは、お気に入りの小皿、小鉢に、少量ずつ盛り付けることをおすすめしています。
全体的には食事量・栄養価ともに下がってしまいますが、ひと皿ずつを完食することで食欲を刺激し、かつ、食べる自信につなげていきます。
味覚をはじめ、視覚(見た目)、嗅覚(におい)、聴覚(音)、触覚(食感)という五感を刺激して、食べることに繋がればと思います。
一緒におやつを作るのもおすすめ
1日3回の食事では補いきれない栄養を補給するためにも、おやつの提供は大切であると考えています。
筆者は「一緒に作ろう、一緒に食べよう」を目的に、グループホームを訪問し、利用者の皆さんとおやつ作りを支援しています。
おやつは、甘い物に限らず季節の野菜も活用するため、たんぱく質、食物繊維、水分などを補うことができます。
とあるグループホームでは、ある日、おやつにピザの準備を進めていたところ、包丁を持つ機会がほとんどなくなってしまった方が「体は覚えているのね」と言いながら手早く野菜を刻み、ピザソースを作っておられました。
また、包丁が持てなくても、お好み焼き用のへらを活用して寒天を切り分けるなど、その方の個性に合った調理器具を使うなど、工夫しておやつ作りを楽しむことができます。
利用者の方は「皆と同じものを一緒に食べることが楽しい」と話してくださいます。
調理を通して認知症の現状を確認しつつ、おやつの摂食状況により、機能変化などの情報を見守ることができます。
食事は、高齢者に食べやすく“やさしい”ことも重要ですが、高齢者自らが機能を維持できる食事であること、また、食に対する意欲を失うことなく自らで咀嚼し、飲み込み、味わうことで、低栄養対策につなげていければと思います。