総合東京病院 認知症疾患研究センター長
東京医科大学 高齢診療科特任教授
羽生春夫 先生
スポンサーリンク
5人に1人! 認知症高齢者が増えている
認知症は脳の老化と関連が深いため、高齢者の増加に伴い認知症の人が増えています。
2025年には認知症高齢者が700万人を超えると推定され、これは65歳以上の高齢者の5人のうち1人に相当します。
認知症には数多くの原因がありますが、最も多いのがアルツハイマー病(またはアルツハイマー型認知症)で、全体の過半数を占めます。
そのため、今後は高齢のアルツハイマー型認知症患者が増えていくものと考えられます。
現在、アルツハイマー病に対する根本治療薬の開発が進んでいますが、一方では、生活習慣の改善によって予防が可能となることが期待されています。
このコラムでは、認知症治療の現状を簡単に述べ、生活習慣の改善から認知症を予防できる可能性についてお話ししたいと思います。
スポンサーリンク
アルツハイマー病の根本治療薬の開発が進んでいる
アルツハイマー病では、はじめにアミロイドβ(ベータ)という“シミ”が脳の中に出現し、その後リン酸化されたタウ蛋(たん)白(ぱく)という“ゴミ”が神経細胞内に現れ、その結果、神経細胞が死滅し、脳が萎縮していきます。
通常、海馬といわれる記憶をつかさどる場所から萎縮が始まりますので、多くは記憶の障害から始まり、続いて全般的な認知機能の低下へ至ります。
このアミロイドβは、認知症が発症する20年以上も前から脳の中に溜まり始めているのです。
すなわち、70歳代で発症する方は、50歳代からすでに病気が始まっているということになります。
最近の創薬研究(薬をつくり出すための研究)から、アミロイドβを除去する治療薬の開発が進んでいます。
現在、いくつかの臨床治験が行われ、多くはアミロイドの除去には成功していますが、認知機能の改善や進行抑制にはまだ十分な効果が得られていません。
認知症が発症する前の、アミロイドが脳の中に溜まり始めた初期にこのような治療が開始できれば、効果が発揮できるものと考えられます。
したがって、脳内で起きている変化をできるだけ早期に検出する必要があります。
認知症の発症には、生活習慣病が深く関わっている
認知症研究の進歩から、認知症の予防に関する知見も増えてきました。
認知症の中でも、血管性認知症(脳梗塞や脳出血後にみられる認知症)は高血圧や糖尿病などが原因となることが多く、これらの治療や適切なコントロールが脳血管性病変の減少につながり、認知症を予防することができます。
実際に、高血圧などの管理によって、血管性認知症の患者数は明らかに減少してきています。
糖尿病も動脈硬化や血管性病変を引き起こしますが、さらに糖尿病でみられるインスリン抵抗性(インスリンの働きが悪くなること)が、アミロイドβやリン酸化タウ蛋白といった脳の“シミ”や”ゴミ“を増やすことが知られています。
加えて、高血糖が続いたり、治療の経過中に低血糖が生じると、神経細胞が障害を受け、これらが合わせ技となって認知症が引き起こされやすくなるのです。
実際、糖尿病の患者さんでは認知症が約2倍に増加し、特にアルツハイマー型認知症との関連が注目されています。
最近では、高齢の糖尿病患者の増加が、アルツハイマー型認知症の増加につながっていると推測されています。
さらに、アルツハイマー型認知症や血管性認知症とは異なり、糖尿病特有の糖代謝異常が直接認知症を引き起こす「糖尿病性認知症」という病型も存在します。
これは血糖管理によって、予防はもちろん、一時的な認知機能の改善も得られますので、その診断と鑑別が重要となってきます。
また、メカニズムについては十分明らかにはなっておりませんが、脂質異常症や肥満なども認知症のリスクを高めます。
これらの生活習慣病は、特に中年期からの予防やコントロールが重要であると考えられています。
予防には、運動習慣・余暇活動・社会参加も重要
一方、運動習慣が認知症を予防するというエビデンスが確立されつつあります。
運動によって心肺機能が改善し、筋力が増強、維持されるだけではなく、神経細胞への保護的な効果、修復作用などが報告されています。
実際に、運動習慣を継続している人は海馬の容積が増すことや、アミロイドβという“シミ”が分解されやすくなるといった報告もあります。
一般的には有酸素運動が勧められていますが、高齢者ですと1日30~50分程度の散歩(若い人は速歩)を、週に3~4回程度でもよいとされています。
また、趣味を生かした余暇活動や社会参加は、認知予備能(脳の損傷に対して打ち勝つ余力)を高めるため、認知症の予防にもつながります。実際に、余暇活動が高い人は、脳のダメージが完成しても症状は比較的軽微であることが多いのです。
生活習慣の見直しが、認知症予防につながる
2019年に、WHO(世界保健機構)から認知機能低下や認知症のリスクを低減するための12項目が発表されました(下図)。
不活発なライフスタイル、喫煙、不健康な食事、過度の飲酒、社会的な孤立、知的な活動低下は認知症のリスクと関連し、前述した生活習慣病は認知症の発症を促進します。
したがって、これらを是正し、改善することは、認知機能低下や認知症の予防につながるのです。
【参考文献】
羽生春夫『医学データにもとづく認知症を予防する生活習慣』メディカルトリビューン2012
羽生春夫『認知症にならない人がやっている スッキリ脳のゴミ掃除』双葉社 2017
羽生春夫『糖尿病性認知症―病態・診断から治療・ケアまで』医学と看護社 2019
WHOガイドライン『認知機能低下および認知症のリスク低減』邦訳検討委員会「海外認知症予防ガイドラインの整理に関する調査研究事業報告書」日本総合研究所 2020