介護福祉士、ケアマネジャー
植 賀寿夫 先生
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人間関係と信頼関係が、認知症の症状を軽減する
私はグループホームの職員を16年間務めております。グループホームとは、基本的には1階9名、2階9名の計18名を定員とする、「認知症」と診断を受けているお年寄りが暮らす施設です。
私は介護職員から介護主任、管理者を経て、施設長も経験しながら、16年間、認知症と診断されたお年寄りと寝食を共にしてきました。
認知症といっても、いろいろな本で紹介されている通り、一人ひとり症状が違います。
これは、認知症とは単に脳の変性による症状だけではなく、その人の性格など、これまでの人生経験が大きく症状に表れているからだと考えています。
そして「認知症の対応」として最も有効で影響が大きいと思うのは、「人間関係」と「信頼関係」です。認知症である「その人」の周りにいる人達が、どんな表情、口調、態度、言葉をかけるかで、認知症の症状は軽減されると思います。
私は、それを実際に目の前でたくさん見てきました。
今回のコラムでは、その事例をいくつかご紹介したいと思います。
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その人の“行為”よりも、“感情”に対応する
◇事例1:ヤスエさんの場合
89歳のヤスエさんは、隣の利用者の部屋に勝手に入って、お菓子を食べることがありました。
私たちがそれに気付いたのは、隣の部屋のおじいさんが「最近、お菓子がなくなりよる気がする」と言ったからでした。
よく見るとヤスエさんは、利用者、職員がリビングに集まる頃を見計らって、そのおじいさんの部屋に入っていました。
後を追った職員が見たのは、口をモグモグしているヤスエさん。
服の中にはお菓子の袋が隠されているようでした。
そのときヤスエさんは「私は何もしてないよ」と言ったそうです。
ここで僕たち職員の出番です。
まず、「勝手に部屋へ入ってお菓子を盗って食べる」行為は認知症症状かどうか。これを見極める必要があります。
そこで、同じお菓子をヤスエさんの部屋に置いてみることにしました。
しかし、ヤスエさんはそのお菓子には手を付けず、隣の部屋に入ります。
お菓子が食べたいのであれば絶対に食べるはずで、ヤスエさんの一連の行動は辻褄が合いません。
なので、ヤスエさんのこの行為を「認知症症状」と仮定しました。
そうであれば、今度は「なぜその症状が出たのか?」です。
私たちは、症状が出始めた頃のヤスエさんの体調不良と“負の感情”に注目します。
体調不良ではなかった場合、寂しさや哀しみ、焦りなど、ネガティブな感情が続いたときに「認知症症状」が出やすいと考えるからです。
さっそく職員会議を開きました。
「介助があまり必要でないヤスエさんは、職員とゆっくり話すことが減り、寂しいのではないか」
という意見が出ました。さらに、
「ヤスエさんは私たちが介護に集中するあまり、世間話をする機会が減ったことで『寂しさ』『哀しみ」という負の感情が強くなった」
「それによって『物盗り』という認知症症状に発展したのではないか」
という仮説ができあがりました。
そこで私たちは、ヤスエさんの寂しさに対応しようと、翌日からヤスエさんが廊下を歩いていれば手を繋ぎ、部屋まで案内したり、「今日は暑いね」など挨拶に加えてふた言添えたり、背中をさするなどムリのない程度のボディタッチをしたりしました。
すると1ヶ月も経たないうちに、ヤスエさんの「物盗り」という行為はなくなりました。
あのとき、私たちがヤスエさんの「行為」だけを見て対応していれば、ヤスエさんは「ドロボー扱いされた」など職員に対して不信感を持ち、違う結果になっていたと思います。
「感情」に注目することが大切なのです。
“認知症の利用者”ではなく、“○○さん”として接する
◇事例2:ヨシミさんの場合
80歳代の女性入居者のヨシミさんは、要介護5で、すべてにおいて介助が必要です。
ヨシミさんのもとへは、ご主人がよく面会に来てくださいました。
「お~い、ヨシミよぅ!わしが分かるか?」「また来る、元気しとるんで」そんなふうに話しかけるご主人から、私たちは二人の結婚当初のお話や、ヨシミさんがどんな妻でありお母さんだったのかなど、いろいろと聞かせていただきました。
そんなご主人にがんが見つかり、ヨシミさんとの面会も難しくなりました。
ご主人が緩和病棟へ入院となったとき、私たちは毎日ヨシミさんを連れて、お見舞いにうかがいました。
ご主人はほとんど話せず、黙ってヨシミさんの手を握ります。
私はこの空間を邪魔しないよう、二人の視界に入らないように黙ってそっと後ろに下がっていました。
ある日、ご主人は握っていたヨシミさんの手を離すと、私に向かって「所長さん、ヨシミのこと、よろしく頼みますわぃ」と言いました。
私は「わかりました。大丈夫です。安心してください」と伝えました。
その後、ヨシミさんのご主人が亡くなられました。
そのことを受けて、私たちはヨシミさんへのケアの方針について、
「ヨシミさんが“認知症の利用者”としてではなく、“妻のヨシミさん”として、もう一度ご主人に会えるように支える」
という目標を定めました。寝たきり状態でも、女性らしく寝癖は必ずこまめに櫛を通す。
肌がきめ細かい方なので、褥(じょく)瘡(そう)や圧迫痕がつかないよう、身体介助にも気を付けるようにしました。
そうして、ご主人が亡くなられて2年後、ヨシミさんは施設で亡くなられました。
私たちはエンゼルケアもさせていただきます。
そのとき、傷のない肌を見て、あのとき「妻のことを頼みますわぃ」とご主人から託された約束は果たせたのではないか、ヨシミさんを妻としてご主人のところへ見送れたのではないかと思えました。
私たちグループホームの介護職員はつい、利用者さんを「認知症の人」として見てしまいがちです。
「管理」がどうしても優先になりやすく、「安心してもらいたい」という想いが偏りすぎると、意識が管理だけに陥ってしまいます。
私たちは体調管理や危険管理だけでなく、その方の「生き方」を支えたいと思います。
認知症の人が、独自の世界を持っていることを知る
◇事例3:ショージさんの場合
天皇陛下がテレビに映ると、なぜか外の畑に滑走路を作り始めるショージさんがいます。天皇陛下が飛行機で来ると言うのです。
ショージさんに限らず、認知症症状のある方であれば、急に意味不明な事を言ったり、行動をしたりするケースは多々あると思います。
「誰かが俺を狙っている」、自宅なのに「家に帰ります」「赤ちゃんはどこ?」など……。
ショージさんの場合は、まず一緒に畑に出ます。そして一緒に滑走路作りを手伝います。
このとき、私たちは「天皇陛下は来ない」「滑走路は作れない」とは言わず、その方の「世界」に付き合います。
畑に出たときのショージさんの表情は「焦り」などです。
でも、しばらくすると表情から「焦り」が消えます。その頃に「お茶でもいかがですか?」など労いの言葉を伝え、「休憩しましょう」と誘うと、ショージさんの世界が“滑走路”から、“休憩してお茶を飲む”という現実に切り替わります。
休憩後は、滑走路を作り始めることはありません。
周囲の私たちが「説得」することは、かえって認知症の方の不信感や不穏を招くことがあります。
このように、少しの間「そうねぇ」などとその人の世界に付き合って、「世界」が消えるのを待つ。そんな対応方法もあります。
たとえば、「家に帰る」と言う人には、少しの間一緒に歩くこともあります。
このときも、「説得」して諦めてもらうよりも、「納得」してもらう方法を考えます。
「遠いから明日車で行かない?」と声をかけたり、お孫さんに「おじいちゃん、俺寂しいから泊まっていってよ」と誘ってもらうなど、その人が「しょうがないな」と思えるような伝え方をすることもあります。
大切なのは、その方の「世界」に合わせることです。難しいケースでは「うんうん」など相づちを打ちながら「帰りたいよね」などと同調すると、ご本人が安心されるようです。
認知症だからといってもあまり「特別扱い」せず、これまで通りの関係性の延長に認知症の対応を心掛けるくらいが、認知症の人にとっても周囲の人にとっても居心地がよい場合があります。
お互い無理をせず、第三者を頼りながら、一緒に過ごすことが大切だと思います。
植賀寿夫 著『認知症の人のイライラが消える接し方』(講談社刊)