神戸学院大学 総合リハビリテーション学部特命教授
前田 潔様
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研究内容について
神戸市認知症対策について
編集部)我々は認知症メディアを運営する立場として、認知症の予防や症状などについて発信していますが、認知症の専門医の立場からお話を伺いたいと思います。
「神戸市の認知症対策」について研究されているとお伺いしましたが、神戸市を担当した理由や研究内容についてお聞きしてもよろしいでしょうか?
前田様)私は神戸市認知症対策監を勤めており、神戸市の認知症政策に対してアドバイスをするという仕事をしています。
その始まりは、今から7~8年前に認知症初期集中支援推進事業というのが、国の事業として始まったことです。
国の初めての試みということで自治体にモデル事業として募集がかかる中で、神戸市が手を挙げました。
その時に神戸市から認知症の専門医である私に対して、手伝ってほしいという要請がありました。
結果として、認知症初期集中支援推進事業というモデル事業を神戸市で始めまして、専門医という立場から協力する形となりました。
初期集中(初期集中支援推進事業)というのは、地域で認知症の方が医療や介護に繋がらずに困ってるような人たちを訪問することによって、それまで繋がっていなかった医療・介護に繋げることを目的としています。
その際、医師だけでなく、看護師、作業療法士、精神保健福祉士などの多職種の人が自宅に訪問します。病院を紹介して、診断してもらい、そこで介護サービスを始めるという事業です。
例えば、対象地域に1人で生活してる方の生活状況が把握できていないので、対応したいといった情報がそのチームに上がってくると、チーム会議というのを開催します。
役場の人や地域包括ケアセンターの人たち、職種でいうとケアマネージャーさんや看護師さん、保健師さん、ワーカーさんなど、みんなが参加して、その人にどのように対応すれば、医療・介護と繋げることができるか検討します。
我々医師は介護保険や介護サービスについてあまり詳しくないのですが、多職種の人が議論することで、「この方に訪問看護してみてはどうですか?」とか、「ヘルパーさんを派遣したらどうですか?」とか、あるいは、「一度病院へ連れて行ってきちんと診療、診察受けた方がいいのでは?」という様なアイデアが多くの人から出るんですね。
ケアマネージャーさんや保健師さんなどは様々な知識を持っているため、まるで魔法のようにその人が医療・介護に繋がり、生活が再建されていく姿を見て、非常に感動しました。
認知症の高齢者で、身寄りがほとんどない方は、医療はほとんど何もできません。
やはり、介護とか福祉とかというものを活用するというのが大事だということがよくわかりました。
その経験から、神戸市が私に意見を求めてくるようになり、
愛知県で踏切事故があって、遺族に高額な賠償請求があったという事故がありました。
それを見た神戸市は、高額な賠償を請求されることに対して、自治体として何か対応・援助する必要があるという議論をしました。
その中で、結果的に認知症「神戸市モデル」と呼ばれる、認知症の診断を受けるための医療費を補助する、助成制度を作ります。
私はその制度の策定に関わりました。
神戸市は大きな自治体として初めて、認知症の人にやさしいまちづくり条例を策定して、認知症の方々の支援を始めました。これがのちに、認知症「神戸市モデル」と呼ばれる制度になりました。
私はそれまで神戸学院大の教員をしてたのですが、定年になっても引き続き、その事業に協力し、そこから上がってくるようなデータや政策を計画・白書にしてほしいという要望がありました。このような経緯で神戸学院大に「認知症の人にやさしいまちづくり研究講座」という寄附講座を作り、行政が地域のお年寄りに対してどのようなことができ、どのような必要性があるかを研究しています。
具体的な研究内容
編集部)具体的な研究内容や現状についてお聞かせください。
前田様)1つはやはり、認知症「神戸市モデル」といわれている制度をうまく回すためには、行政の役人と私のような専門医がどのように協力するかということを研究することです。
神戸市の診断助成制度の特徴は、神戸市医師会が全面的に協力をしていただいたおかげで、非常に多くの診療所の先生が参加して、認知症の診断がよく進んだことです。
似たような制度というのは、それ以前にもないわけではないのですが、認知症と診断されてもその後のサポートがなく、あまり利用されておりませんでした。
神戸の場合は医師会の協力があって、多くの医療機関で認知症のスクリーニングができるようになり、「あそこの先生がやってんだったらちょっと行ってやってもらおうか」という形で、非常にたくさんの人がその制度を利用してくれるようになりました。
もう1つは、神戸市内の高齢化の進んでいる地域、その地域の高齢者を対象に、認知症の検査の受診を促進するための調査、研究、というのをやっています。
地域の高齢者の方に「認知症の診断が早く出ると良いことがある」という認識を持ってもらうことを、我々は認知症リテラシーと呼びます。
認知症の兆候が出たら、早期に診断を受けましょうといったことを地域の高齢者に教育する、そういった情報を伝えるといった研究を行っております。
実際に診断を受けて治療を受ければ、元に戻る認知症というのもあります。
しかしほとんどの場合、治すことのできない認知症です。
ただ、認知症の発症がはっきりしたら、その後その進行を遅らせる、あるいはその認知症を抱えながらも、生活を豊かなものにする、といった対応ができるのではないかと考えました。
神戸市の場合はそれは無料で受けられます。
そして、もし認知症でない、あるいは認知症の一歩手前の軽度認知障害(MCI)ということであったら、認知症を発症させないための対策を取ります。
もしそこで認知症と診断されたら、主に介護サービスなどを使って進行予防する、ということが研究テーマです。
編集部)認知症の早期判断が良いという啓蒙は、どのような方法で行っているのですか?
前田様)一定の地域の高齢者に対して、教育講座のようなものを開いて、認知症にならないようにしましょう、認知症かなと思ったら診断を受けましょう、診断を受けて認知症ということになったら、少しでもそれが進行しないような方法を考えましょう、といったことを教育をしたり、情報提供をしたりしています。
その結果として、診断を受ける人が増えるか否かということも研究しております。
編集部)実際にこの講座を開いたことによって、早期診断を受ける人が増えているのでしょうか?
前田様)まだ結果は出てません。
ただ、神戸の近くに、高齢者が1万人ぐらい住んでいる団地があるんですね。
昔開発された団地というのは住民も高齢化が進んでおり、神戸市と明石市との境にある、明舞団地の高齢化率は、約40%と非常に高いです。
そこにお住まいの高齢者に対して郵送等で調査票を配り、様々な調査を行いました。
すると1万人のうち大体2200人ぐらいから返事が戻ってきました。この方々に「認知症についてどの程度理解していますか?」「認知症「神戸市モデル」についてご存じですか?」「どのように受診できるかご存知ですか?」等の質問の回答を調査し、その後認知症かなと思ったときには、早く受診して診断を受けましょうということを調査員が促進している、ということです。
研究の全国への展開について
編集部)モデル都市としてそういった、活動を始めたということですが、実際にその神戸市をモデルにして、認知症に対する対策をおこなっている自治体などはあるのでしょうか?
前田様)はい。
神戸モデルによって、たくさんの方がその制度を利用してくれているということがわかって以降、横浜市や名古屋市などの自治体で同じ制度が2年ほど前から始まりました。
神戸とほとんど変わらない制度を作り上げて、それを用いた横浜も名古屋も成功してるそうです。
ただし、診断助成ですので、費用がかかります。
そうなると小さな自治体では行うのが難しく、横浜や名古屋などの政令都市のような大きな自治体でしか実施できません。
しかし、そこまで大きな費用がかかってるわけではありません。
神戸市の場合で申しますと、人口が約153万で、65歳以上の高齢者が約43万人なんです。
その診断にかかる費用っていうのは一応、5000万前後なんです。
神戸の場合はそのために、市民税で少しもらって事業を始められました。
神戸市の助成制度というのは、2段階になってます。
まずはかかりつけの先生のところで短時間の認知機能検査を受けて頂き、認知症の恐れがある場合に専門医療機関に紹介する。
そして専門医療機関で詳しい検査をして、診断をつけるという形です。
第1段階のスクリーニング検査は、患者様が窓口によって支払うことはなく、全て神戸市が負担します。
第2段階の精密検査では、基本的には健康保険を使って受けて頂き、自己負担分に関しては、後日神戸市が負担します。
ですから、自己負担なしで、最後の診断まで受けられるようになっております。
その制度の第1段階のところを、横浜市・名古屋市は実施しています。
スクリーニング検査を市費で負担するという制度は、2年前からスタートしてます。
そして名古屋市は、神戸でやっているその第2段階の精密検査についても、自己負担分は市が負担するという様な形の制度を作ろうとしているところですね。
ただ、横浜市の方はまだ第1段階のスクリーニングで、認知症の恐れがあるという結果が出たら、専門医療機関を受診してくださいというところまでしか行ってないんです。
あとは受診にかかる費用も自己負担という形になっていますね。
費用に関しても、1割負担の高齢者ですが、平均およそ1万円弱かかっています。
MRIとか、脳血流検査という様な画像診断・画像検査にお金かかるんですね。
提案システムのメリットについて
編集部)2段階に分けているのは、やはりかかりつけ医に最初に診てもらうと気軽に受けられるという意図がありますか?
前田様)そうですね、かかりつけの先生が入ってたら、気軽に診察を受けられます。
また、かかりつけ医がいなくても、「すぐそこの診療所でやってみたよ」と言ったら行きやすいですよね。
大きな病院を受診するとなると、受診手続きなどが面倒ですよね。
だからかかりつけ医を受診して雑談の折にでも身近なかかりつけの先生が異変に気付いて、紹介状を書きますと言って下されば、気兼ねなく大きな病院に行って、詳しい検査を受けられるということになります。
2段階にわけたのが、これだけ多くの市民が利用してくれた一番大きな理由ではないかと、我々は分析してます。
そういう意味では医師会に協力要請のお話をする際も、医師からは非常に好意的に同意して頂けるので、非常に多くの人たちが診断を受けられています。
もう1つ、この制度がうまくいったのは介護関係者やデイサービスの施設などにこの制度の開始を知らせることに力を入れたことです。制度が利用可能なので是非利用してくださいといったことを長期間にわたり伝え続けました。
その効果があり、例えばケアマネさんから「無料で検査を受けるから1回行ってみたら?」「念のために受けてみたら?」と勧められて受診しました、というような人が、たくさんいました。
その制度が始まる前から話が広く知れ渡っており、制度の始まりから申し込みの電話が沢山かかってくるということがあり、順調に受診される方が増えてきています。
編集部)介護関係者の方が入り口の役割を担ってくれたということですね?
前田様)そうですね。
神戸市の市長さんもこういう制度は国でやってくださいとおっしゃっていました。
国でやってくれるのであれば、自治体の負担がなくなるので楽なのですが、今のところまだ国の制度としてこれをやりますというところまでは至っていません。
実際に現場を見てもらい国の方も興味は持ってくれているみたいですが、国の制度としてはまだ作られる予定は無く、自治体が先に進んでいるというような状態ですね。
神戸モデルの課題について
編集部)すごくそのモデルがうまくいってるというお話だったと思いますが、課題はあるのでしょうか?
前田様)そうですね、1つはやはり診断がついたあと、どのようにしてケアしていくかという部分ですね。
診断して終わりではなく、その後担当者をつけて、認知症が進行しないよう様々なサービスに繋げるとか、ずっとフォローしてあげるといった対応が必要です。
診断の後は知りませんよということになったら、認知症というレッテルを貼られるだけで、受ける側としては魅力的な話ではなくなるため、診断後支援をしないといけません。
しかしながら、支援というのがなかなか難しく、現在は主に認知症疾患医療センターというのがメインでおこなっています。
診断がついた人たちのフォローをする施設として、神戸市には認知症疾患医療センターがあるのですが、7箇所しかありません。
第2段階で受診するような医療機関というのは、現在70ヶ所ぐらいあるんですね。
しかし、そこで診断をつけられた人は通常、介護サービスや様々な医療を受けられますけれども、診断がついた直後の人のほとんどは症状が軽い人です。
不安は感じますが、とりあえずは今すぐ何か介護保険サービスを受けるというのには当てはまらない人たちです。
ですから診断後、すぐにサービスを受けられないという課題が1つです。
それともう1つの課題はと言いますと、診断の質、認知症診断の質です。
神戸市には、1400ほどの医療機関があるんですね。
そのうちの400ほどの医療機関が、この制度に協力してくれており、スクリーニング検査をしています。
そこで認知症の疑いがある人は第2段階の精密検査を受けます。
精密検査ができる医療機関は、先ほども述べたように70ほどあります。
ただ、神戸市内の70の医療機関で、本当に一定の質の診断が行われているとは言えません。
一応認知症の専門医がいる医療機関にしか精密検査をお願いしていないのですが、その認知症専門医が認知症患者をよく診るかというと、全員がそういうわけでもないので難しいです。
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研究を始めた経緯
編集部)どういった経緯で認知症研究を始めるようになったのですか?
前田様)そうですね、医学部を卒業して何科へ進むかという時に、学生時代から精神科に行こうと決めていたんですね。
その中で、特に精神科の中の具体的なことは決めてませんでした。
精神科に入りますと、初期研修で様々な病気を診て対応する、といったことをやります。
その後、精神科の中での専門領域を決めておりました。
その頃は、高齢化はそんなに進んでなかったのですが、卒業する前後に「恍惚の人」という有吉佐和子さんの小説がベストセラーになりました。
「恍惚の人」という本は、認知症高齢者の介護について話題になった本ですが、その頃の高齢化率はわずかに約7%でした。
いずれ日本は高齢化していくというのはその頃から分かっており、それに応じて認知症の方も増えてくるとも言われていました。
そういったことを考え、年を取って認知症になったお年寄りのために今できることはないかということで、認知症を専門にしました。
編集部)今おこなっている「認知症の人にやさしいまちづくり研究」の最終的なゴールは何でしょうか?
前田様)認知症の人に優しい地域、「ディメンチア・フレンドリー・コミュニティ」と言いますが、これは欧米で言われ出した発想です。認知症に対する認識、認知症リテラシーを多くの人が持ち、認知症の人に優しい地域作りというのは、結局認知症の高齢者というのが一番弱者であると捉えることです。
判断力もなくなって、力もなくなって、家族の識別もできなくなってと、そういう高齢者に優しい社会というのは、その手前である全ての高齢者が尊厳を持って生活できるような社会、地域というのを目指そうとする社会です。
このような社会を作るために、微力ですが貢献しようというのが研究室のテーマとなっています。
健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ
編集部)健達ねっとのユーザー様(認知症の家族がいる人、介護者)に向けて何か一言お願い致します。
前田様)認知症の6割を占めますアルツハイマー病についていいますと、アルツハイマー病を治すお薬の開発というのは非常に難しいと思います。
お薬の開発はあらゆる機関で進められていますが、そのお薬を飲んだら認知症が改善される、治るといったお薬の開発は難しいです。
そして、認知症になると、遅かれ早かれ進行していきます。
したがって、認知症の人たちが自分の尊厳を持って大事にされていることを実感できるような介護というものが求められているように思います。
認知症の方も、自分の意思と希望で自分の生活を選べるような社会になる、そういう生活を実現できるような介護を提供し、本人が最も大事にされ、本人の意思が最も尊重される様な介護を目指していただきたい。
そういう方々の生活を可能とするような介護を、常に心がけていただきたいと思います。
編集部)ありがとうございます。やはりパーソンセンタードケアが重要ということですね。