松本診療所(ものわすれクリニック)
松本一生 先生
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「クレーム」と「ハラスメント」は別もの。しっかり区別しよう
認知症に限らず、介護現場では、被介護者側からの「過剰な要求」によるトラブルが増えています。
クレーム、ハラスメントなどがありますが、最近よく耳にするようになった言葉は「カスタマーハラスメント」です。
クレームが「何らかの不都合を、サービスの提供側や制作側に告げ、よりよいものを目指す」という「前向きの」イメージであるのに対して、ハラスメントは「いじめ」にも近いものです。
私自身、31年間の医療経験において、認知症本人と家族の心のケア、そして支援職のストレスケアを柱として、臨床を続けてきました。
そのなかでいくつものクレームを受けましたが、気づきと反省を臨床にフィードバックさせてきました。
ハラスメントは、そのような「前向きな」提案や意思表示とは異なり、強い立場に立つ者が、その地位を利用して他者に無理難題を押し付けることや、威圧することで自分の鬱(うっ)積(せき)した気持ちのやり場を求める行為です。
クレームとハラスメントをしっかりと見分けましょう。
このコラムを読んでいる人のなかには、ケアする側の人(介護職、福祉職)と、サービスを受ける側(被介護者とその家族)の人、両方がおられるでしょう。
それゆえ本稿は、どちらの立場の人にも参考になるように書きます。
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介護家族は、自分にも他者にも完璧を求めないことが大切
介護家族の場合、私はこれまでに3つの「破綻しやすい介護の形」を見出しました。
➀人の支援を受けようとしない介護
➁白黒をはっきりつけすぎる介護
➂孤立しがちな介護
私も、妻の母が「うつ」から認知症になって27年間介護をし、現在も妻のパーキンソン病と強迫症を介護して8年目です。
介護者として過ごすうちに気づいたのですが、①②③の3つのパターンにあてはまる介護家族は、自ら設定した高い目標に満足できるよう、“がんばりすぎる介護”をします。
しかし、そのような全力疾走での完璧な介護は、いずれ破たんし、多くの介護者は体調を崩して介護を続けられなくなります。
介護者の体調不良は、介護を始めて1年半、3年、5年、7年と、波が押し寄せるようにしてやってきます。
さらに、そのような「介護の限界」が見えたとき、先に述べた3つの介護パターンをする、こだわりが強く完璧主義の介護者には、自身が介護者として役割を果たせなくなったことへの「つぐない(補償:コンペンセーション)」のように、介護職に無理難題を押し付ける場合があります。
自分ができないことに対する無意識の償いが、介護職への完璧な要求につながるのでしょう。
コンペンセーションを出していても、本人たちがそれに気づけば、クレームの範囲で介護職への要求はおさまります。
しかし多くの場合、彼らはそのことに気づきません。
本稿を読んでいる当事者側のみなさんは、自らがそのような行為に及んでいないか、常に自らを見つめる姿勢(自己覚知)が大切です。
介護職や福祉職は、バーンアウトを避けられるよう個人と組織で対応を
介護職や福祉職のみなさんにも伝えたいことがあります。大切なのは、「自分の価値観や人生観」をよく知ることです。
介護や福祉の仕事に就く人の多くは、誰かのために自分を捧げる人生を選ぶ人です。
やさしく、思いやりにあふれる人が多い一方で、「利他性のある生き方」を選ぶ人のなかには、自己評価が低く、他者に感謝してもらうことによってのみ、自分の価値を見出すという傾向を持つ人もいます。
そういった傾向を持つ介護職が、クレームではなくハラスメントを受けると、心の傷が深くなり、多くの人が他者を支援する立場に戻れなくなるほど燃えつきて(バーンアウト)しまいます。
5年ほど前のことです。
知り合いのケアマネジャーが退職しました。
彼女は、87歳のアルツハイマー型認知症の方を担当していましたが、その介護者である娘(50代後半)が彼女に対して、過剰な要求をし続けました。
たとえば、ショートステイを利用した後、少しでも母親の身体能力が低下していると、娘はケアマネジャーを責めたのです。
それが2年にもわたり続いたため、限界がきてしまったようです。
そのケアマネジャーは、若いころから「自分にはできることがない」と悩んでいて、ケアマネジャーという職を通じてやっと“誰かのために仕事ができる自分”を感じ、「生きていてもいいのだ」と思うことができたという人でした。
しかし、娘さんからの電話に震えが止まらなくなり、退職することになってしまったのです。
誰にも相談できなかったと、彼女は退職前、私に告げてきました。
そのような結果を防ぐためには、介護職が個人的に心がけることと、その介護職が所属している組織の管理者が目を配らなければいけないことの2つがあり、その両方が大切です。
個人が心がける部分としては、
➀自己評価が低すぎないか常に自問する
➁自分は他の職員と比べて、訴えてくる人に対して過剰に傾聴しようとしていないか振り返る(聞く姿勢を見せる人に対して、ハラスメントをする側はより執拗に攻撃してきます)
➂傾聴する時間も15分程度にして、限界設定をする
この3つが大切です。
そして、組織として対応する部分では、施設長や管理者は、
➀誰か一人が対応するのではなく、組織全体として同じように受け止めるように調整する
➁バーンアウトしそうな職員に気づいた場合には、その職員の能力が低いからではなく、ハラスメント対策として、その人を担当から外す決断をする
➂クレームではなくハラスメントであると判断した場合には、躊躇することなく行政や警察、法律的な対応をする体制を構築する
この3つを大切にしてください。
個人的にも、そして組織としても、多くの場合に誤解されているのは「利用者から何か言ってこられたら、とにかく謝る(謝れ)」という選択をしていること、そのように組織が指示を出すことです。
クレームや意見を受けた場合に、相手を尊重して「申し訳ありませんでした」と応じるのは適切ですが、ハラスメントは先に述べたように、自分たちの満たされない気持ちや不条理な怒りを理屈抜きで向けてきます。
ハラスメントに対して一様に謝罪するのは、攻撃を強めてしまう場合があります。
また、ハラスメントをする人は、自分が相手より高い立場にいると思う場合に、相手に無理難題を押し付けてくる「弱い」人間なのです。
謝られることで怒りが強くなるような自己コントロールができない人が、圧倒的に多いことに注意してください。
指摘やクレームとハラスメントの違いを知って対応し、他者のために人生を捧げる人がバーンアウトすることなく多くの人生を支えられるよう、私たちの連携が求められています。