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健達ねっと>専門家から学ぶ>ドクターズコラム>大切な人が認知症になっても、いい関係を続けるために

大切な人が認知症になっても、いい関係を続けるために

高知県立大学 社会福祉学部 准教授
矢吹知之 先生

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高齢者虐待の背景に潜む、“認知症”と“家族関係の悪化”

近ごろ、家族介護者による高齢者虐待のニュースを耳にする機会が多くなりました。
本来、虐待とまではいかなくても、家族間の仲たがいや言い争いが毎日続くことは、お互いにとって望まないことです。

ほとんどの介護者は、「大切な家族だからこそ自宅でケアをしたい」という思いで介護を始めたはずなのですが、なぜこのようなことが起こってしまうのでしょうか?

私は長年、「虐待が起こる前に何ができるか」ということへの研究と実践に取り組んできました。
本稿では、そのなかで私が得た気づき、そして提案について述べたいと思います。

厚生労働省は毎年、高齢者虐待防止法(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)に基づく対応状況調査の結果を公表しています。
しかし、この法律が施行されてから、「養護者(現に介護をする者)」による虐待は、現在も減少の兆しは見えていません。

また、この調査では、虐待に至った要因も公表されています。
その中で気がかりなのが、「認知症」や「家庭内の人間関係の悪化」が多いということです。

たしかに、認知症を発症すると、発症前にはありえないような言動を本人がするようになり、ご家族は戸惑い、ショックを受けることもあります。
「あんなにしっかりしていた人が」という思いを抱くこともあるでしょう。
これが重なると、本人に対して思わず手をあげてしまったり、声を荒げてしまうことにつながるのです。

「介護サービスを利用したらよいのでは?」と思うかもしれませんが、実際は、被虐待者の8割の方が介護サービスを利用しています。
特に、介護者のレスパイト(一時的な休息)としてデイサービスを利用する方が、全体の6割でもっとも多いのです。

つまり、介護サービスを利用していても、虐待は起きているという現実があります。
デイサービスを利用するご家族から「デイサービスに行っているときはいいのだけれど、家に帰ってきたら大変なの」という声を聞くこともあります。

24時間の中で、在宅生活をしている時間のほうが圧倒的に多い現実を考えると、やはり自宅でも、家族関係を良好に保つための支えは欠かすことができないものだとわかります。

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家族関係は、“教室”では学べない!?

介護保険は、被介護者のための制度です。
そのため、介護者を直接支える公的サービスは限られてしまいます。

家族支援のためのサービスとして代表的なものには、市町村(自治体)が実施する「家族介護者教室」などがあります。
これは、家族が介護の情報や知識を得るためには、とても重要な社会資源です。

しかし、このサービスは任意事業として設定されているため、すべての市町村で開催されているわけではありません。

また、認知症や介護に関する知識は学ぶことができますが、「どのように良好な家族関係をつくっていくか」という課題については、これまでの家族関係や、本人の認知症の症状がそれぞれ異なるため、あまりにも個人差が大きいところです。
悩みの程度も異なり、講座形式の教室では限界があります。
ましてや、家族関係はひとりの問題でとどまらず、相互の関係から成り立つものですから、被介護者と介護者、両者へのアプローチが大切になります。

何より、大人同士の家族関係というのは、続柄や家族構成や環境などが異なるために、誰かに指摘されると受け入れがたい気持ちになり、「あなたとは違う」「ほかの人にはわからない」というような、相反する気持ちになるものです。

でも、本当は誰しも、自宅は安全な場所であることを望み、仲良く生活していきたいものですよね。
家族関係は、先生から教わるというよりも、同じ境遇にある家族の関わり方を見て自ら気づき、そして自分たちの家族関係を客観的に見つめ直しながら、少しずつ調整され、育まれてゆくものです。
では、こうした機会をどのように設けていけばよいのでしょうか。

家族関係を再び育むための、支援プログラムがある

こうした課題について、近年ヨーロッパではオランダを中心に、家族関係に着目した支援プログラムが発展し、広がっています。

そのプログラムは「ミーティングセンター・サポートプログラム」といって、認知症の人とその家族を対象とした通所型のプログラムであり、これまでのデイサービスやデイケアとは異なる場所です。
何が違うのでしょうか。

このプログラムは、認知症の人と家族が一緒に考え、自由に過ごすというものです。
外出したり、新聞を読んだり、創作活動やダンスをほかの家族と一緒に楽しむこともあります。
つまり、決まったプログラムはなく、そこに集う人が話し合い、選択し、楽しむのです。

「ミーティング」という言葉を聞くと、私たちは「話し合い」をイメージしますが、ここではもう一つの意味「出会い」を表現しています。
ほかの家族と出会い、ほかの家族の関わり方から、自分の家族の在り方を客観的に見て、気づきを得るのです。

また、活動や話し合いを一緒に経験するなかで、自分たちのできることに気づき、新たな関係の在り方を育み直すことも期待されています。

わが国においても2022年4月から新たに、介護保険の地域支援事業において、市町村事業としてこのプログラムが正式に事業化されました。
事業名は「認知症の本人と家族への一体的支援事業(日本版ミーティングセンター)」です。
どのように展開されていくのか、最後にそのコンセプトを紹介します。

“3本柱”と“3つの哲学”で、本人も家族も変わっていける

プログラムは、“3本柱”と“3つの哲学”で構成されています。

“3本柱”とは、「本人支援」「家族支援」そして「一体的支援」です。

一体的支援は、認知症の本人とその家族の「話し合い」であり、「ここでその日に何をするのか」を決めます。
そして実行し、後で振り返りの話し合いが行われます。

このプロセスの中で、ほかの家族と「出会い」、そしてそれぞれの関わり方を見て自身の関わり方を客観視し、今後の関係性の在り方に気づくことを目指します。
もちろん必要であれば、個別に「家族支援」、「本人支援」が行われます。

次に“3つの哲学”です。
これは、支援をする際の姿勢のことであり、

「うまくいっていることは直さない」
「うまくいっていることは繰り返す」
「うまくいかない場合は違うことを」

という考え方をします。

つまり、課題に注目するのではなく、解決した先に焦点を当てる「ソリューション・フォーカスト・アプローチ」という手法をとります。
できないことではなく、できていることに注目することで、前に進むことができるのです。

この3つの哲学に基づき、プログラムの内容を本人と家族が話し合い、決めていきます。
サービスを提供する支援者側の技量が求められますが、家族が一方的に決めてしまうのではなく、認知症の本人が決める姿、楽しむ姿を家族が見ることにより、思いのずれや葛藤を調整し、お互いに変わっていくという効果が明らかになっています。

プログラムの実施は、月に1~2回程度、時間は3~5時間を想定しています。

なお、実施には市町村の地域支援事業を用いることができ、認知症地域支援推進員の企画調整のもと、補助を受けることができますので、詳しくは市町村窓口または認知症地域支援推進員に尋ねてみてください。
下記のホームページからも、詳細情報を得ることができます。

◆認知症の人と家族の 一体的支援プログラム特設ページ
https://www.dcnet.gr.jp/support/research/center/meeting_center_support/

高知県立大学 社会福祉学部 教授/教育情報学 博士・社会福祉士

矢吹 知之やぶき ともゆき先生

日本認知症ケア学会
日本高齢者虐待防止学会

  • 日本認知症ケア学会
  • 日本高齢者虐待防止学会

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