スポンサーリンク
研究内容について
編集部:「最近の社会情勢と子どもに関わる問題に関する研究」の研究内容と研究成果について教えてください。
桑原様:「近年、科学が発達して便利な世の中になっていく反面、協働作業等を通じた対人関係での葛藤を体験する機会が少なくなっていますが、人は葛藤体験を乗り越えることで成長すると考えています。子どもたちも少子化の中で、親の介入が多くなっていますが、子ども同士でぶつかりあって成長する機会が少なくなっているのではないでしょうか。
その結果、子どもたちは対人関係での対処の仕方に戸惑い、親となって子どもとの接し方や養育の仕方がわからず困っていることが多いように思います。このことが児童虐待の増加やいじめ・不登校等の課題の増加につながっているものと考えます。
このような課題の背景には貧困、家庭内の不和、発達障害、学力等々との関連が報告されております。従って、対応に当たっては子どもを中心に据えながらも、多様な角度からの包括的なアプローチが必要になってきています。
児童虐待においても、被虐待児童は身体的な傷だけでなく、トラウマ(心の傷)による過覚醒・再体験・回避などのトラウマ症状をはじめ、気になる問題行動が増加してきています。解離症状を呈する子どもの増加も気になるところです。継続的に攻撃を受け続けているために、「人を信じることができない」や「自分を信頼できない」という愛着形成が定着せずに、辛い人生を歩んでいる人も多く見かけます。
科学研究費による「被虐待児童の児童養護施設等での処遇改善に関する調査研究」で和歌山県内の児童養護施設等に入所する被虐待児童の調査を行ったのですが、約3分の2の児童がさまざまな問題行動を呈していることがわかりました。虐待は心理面への影響だけでなく脳機能に障害を与えることや低身長や低体重などの身体的な成長を損なうことがわかってきていますが、この研究でも施設入所児童の約41%がIQ80未満の知的障害を疑う状況にあり、虐待は知能の発達も損なうことがわかりました。
また、主にネグレクトによる愛着障害により、活動や意欲の低下した「反応性愛着障害」や誰にでも寄りついていきながらも関係を持続することができない「脱抑制型対人交流障害」の症状を呈する児童も多く見かけます。
和歌山信愛大学では大学新設にあたり、和歌山県と和歌山市などとの連携協定で「学校などの教育現場や福祉現場の課題について相談に応じて研究する役割を果たして欲しい。」という要請がありました。そこで、子どもに関わる問題を総合的に研究して地域社会に還元していく「わかやま子ども学総合研究センター」を開設しています。現場からの相談に応じるだけでなく、現場で活躍する方に特別研究会員になっていただき、現場の課題を大学で検討して、発行しているジャーナルで研究成果を発表するなどの研究活動を行っています。
編集部:ありがとうございます。では、その研究を行った経緯を教えてください。
桑原様:長年、勤務していた児童相談所の経験から、子どもに関わる問題は社会情勢の変化の中での影響が大きいことに気づいていました。加えて、NPO法人和歌山子どもの虐待防止協会の運営や子どもシェルターの運営に携わる中で、虐待防止の啓発や被虐待児童の支援をしてきましたが、被虐待児童の背景には,貧困の問題・DV等の家族関係の問題・保護者の精神疾患の問題・発達障害などの養育が困難な児童の問題などがあり、その対策には包括的な検討が必要と考えるようになりました。
全国児童相談所での虐待相談対応件数は毎年増加していますが、その背景にはより多くの不適切な養育層の増加があり、不登校、非行、いじめなどの問題行動につながっていると考えています。児童虐待への取り組みは虐待の改善だけでなく児童の問題行動の改善にもつながる効果があると考えて取り組んでいます。
また、児童虐待の予防の観点として、虐待だけに対応するのではなくて,虐待の周辺にある不適切な養育層に対する養育支援の必要性や、不適切な養育の結果生じる何らかのケアを必要とする子どもの問題となる症状や行動に注目して改善していく必要があると考えています。子どもの行動に関心を持っていただき、気になる行動があればその原因をしっかりと確認をして、改善を図っていくことが児童虐待防止につながると考えてこのような研究を行うことになりました。
編集部:「発達障害等の発達期に出現する課題への対応に関する研究」の研究内容と研究成果について教えてください。
桑原様:発達障害の主なものには対人相互のコミュニケーションの欠如やこだわりの強さなどの「自閉症スペクトラム障害」、不注意行動や多動性・衝動性のある「注意欠如・多動性障害」及び、読み・書き・計算などの部分的能力の欠如がある「限局性学習障害」などがあります。これらは脳機能面の障害であり、環境改善よりも服薬による治療や社会技能訓練(SST)が優先されると思いますが、心理面や環境面での支援も重要と考えています。
歩けない障害のある人には歩けとは言わないと思いますが、発達障害の場合は表面から見えない障害であり、障害特性の受容が困難な状況にあります。障害特性の受容ができていないために、虐待やいじめに発展する場合を多く見てきています。その結果、継続的なトラウマによる自責感情や攻撃感情等が強くなり、より社会適応を困難にしているようであります。
発達障害の指導に当たっては、第1に本人自身を社会に合わせる訓練が必要でありますが、自分の考えへのこだわりが強いために、環境への適応を図るには大変な心理的葛藤を伴い,強いストレス状態に陥ります。そのために、カウンセリング等による考え方や感情の整理を支援する関わりが重要になると考えています。同時に、発達障害の特性に合わせた社会環境づくりも検討していかねばならないと考えています。
編集部:桑原様が考える本研究の意義を教えてください。
桑原様:児童虐待の防止のための研究は、いじめ・不登校・非行などの問題を減少させるだけでなく、子どもの健全育成につながる研究活動であると考えています。乳児期には子どもから出している微笑み反射・吸啜反射などの原始反射にしっかりと応じてあげることにより、「愛着形成」を図っていただきたいです。幼児期には、「してはいけないこと」よりも「して良いこと」を繰り返し学習する「しつけ」を身につけて、思春期以降はアイデンティティを形成して「自立」して社会に貢献できる人生を過ごせるように養育していただきたいと考えています。最近スマホ等を触りながら授乳をしている姿をよく見かけますが、しっかりと子どもの目を見て肌の温かみを感じ、心の満足感や安心感という「心の安全基地」を形成していただきたいと思います。
そして、社会に出てからも活き活きと活躍できる人材を育てることがわたしたちの役割だと思っています。
スポンサーリンク
今後の目標について
編集部:桑原様の研究における最終的な目標を教えてください。
桑原様:今までの研究成果を和歌山子どもの虐待防止協会と子どもシェルターの運営に携わることにより、児童虐待の防止や被虐待児童の回復という実践活動に活かしていきたいと考えています。又、臨床心理士等へのスーパーヴァイズにより若手の育成や現場で子育て支援等を行っている専門職への後方支援を行っていきたいと考えています。
少子化社会の中で、「子育ては社会が行う時代」と言われています。児童養護施設などの施設養護と里親による家庭的養護という社会的養護の充実と市町村の行う子育て支援施策が充実して、どの子どもにも適切な養育環境を提供していく必要があると考えています。こども家庭庁ができて市町村にこども家庭センターができていく中で、一人一人の子どもを大切にした養育支援に役立つ研究を続けて、行政へも提案していきたい思っています。
編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?
桑原様:年齢的にも後期高齢者の年齢を超えており、研究機関から離れていきますので組織的な研究はできません。そのため、今までの研究成果を個々の事例に活かしながら一人でも健全に成長していただければ良いと考えています。
健達ねっとのユーザー様へ一言
編集部:健達ねっとをご覧の方に何かメッセージをお願いいたします。
桑原様:健康に問題があるとそのことにとらわれて辛い状況から気持ちが離れにくくなることがありますが、問題となっている部分はごく一部であって、他に今までと変わりない健康な部分やできる部分にも目を向けていただきたいと思います。
また、病気や障害があってもそのことにより学べることも決して少なくないと思っています。前向きの思考に切り替えることができれば道が開けてくるのではないかと思います。
臨床心理学の立場から自己治癒の力を信じて,その力の発揮を阻害している要因を改善していけば良いという考えがあります。意外と自己治癒の力を阻害している要因は心の中にあるかもしれません。話を聞いてもらえる相手やカウンセラーを活用してみてください。