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【専門家インタビュー】神経ネットワークダイナミクスに関する研究

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研究内容について

編集部:まず、神経ネットワークダイナミクスとはどういったものなのかご教示ください。

信川様:私たちが着目する神経ネットワークは,物理的なシナプスや白質などのネットワークではなく,神経活動の各領野での同期や情報流によって定義された機能的なネットワークになります.近年の報告では,長時間平均により推定された機能的結合の静的なネットワーク構造と比較して,機能的結合のダイナミクスである動的な機能的結合が,精神疾患の病理メカニズムや精神疾患の病理メカニズムにおいて,重要な要因となることが指摘されています.もう少し説明を補足すると,機能的な神経ネットワークは常に一定のネットワークを形成しているのではなく常に動的に変動しており,その変動にこそ脳機能が担われ病態を反映していることがわかってきております.この機能的な神経ネットワークの変動は神経ネットワークダイナミクスと呼ばれており,2014年ごろから世界中で研究が進められております.

次に代表的な動的な機能的結合の評価法と私たちの開発した神経ネットワークダイナミクス評価する方法に関してご説明します.最初に提案された手法では,短時間の窓関数を適用したコヒーレンス解析を実施し,同期の程度の時間的推移から機能的結合のダイナミクスを捉える手法が提案されています.また,Zhangらは時間的な機能的結合の変動性だけでなく,機能的結合の空間的な分散を評価することで様々な精神疾患の機能的結合の時空間特性を明らかにしています.一方,動的な機能的結合を評価するために使用する窓関数の時間幅に依存して,捉えられるダイナミクスの時間スケールは制約を受けます.すなわち,瞬間-瞬間の機能的結合のダイナミクスを捉えることは困難です.一方,同期によって機能的結合を評価するだけでなく,より広い概念で脳領野での神経相互作用を機能的結合として捉え直す必要性も指摘されている.このような中で我々は,脳波の領野間の瞬時位相差のダイナミクスにより形成される時系列パターンの複雑性に着目する動的な位相同期(dynamical phase synchronization: DPS)によるアプローチを提案しております.これにより,単なる位相同期に限定されない複雑な神経相互作用の同定が可能になります.

編集部:神経ネットワークダイナミクスに着目した認知症の早期診断システムの構築 を行った経緯を教えてください。

信川様:認知機能は,脳の幅広い領野での情報処理が相互作用しながら統合されることで実現される「創発」現象の最たるものです.創発現象とは複雑系研究から生まれた概念で,近年,複雑系研究は自然科学と社会科学における重要性を増しています.複雑系の定義は必ずしも単一ではありませんが,多くの要素が自律的に動作し、且つ要素間の相互作用によって,単一の要素では保持し得ない全体として新しいレベルでの機能が現れることを「創発」と呼びます.特に,脳は単一の要素であるニューロン(神経細胞)が1000億個以上相互に結合した複雑系の最たるシステムと言えます.

認知症では,認知機能の創発を担うこの脳の領野間の相互作用が,病態の進行によって減少し,それは上述の議論から,神経ネットワークのダイナミクスにより直接的に現れると仮説をたて,研究を進めてまいりました。

編集部:認知症は今後どのような病気になっていくと考えますか?

信川様:認知症を対象とした薬物療法や治療的介入方法は近年急速に進みつつあります.患者の個々の,さらには日々の状態に合わせた薬物療法や介入方法の実現,つまりテーラメイドな医療・介護が今後進んでいくのではないかと考えております.そのような患者の状態推定を時間や場所にかかわらず低コストで実現できるニューロイメージングの一つとして,私たちの開発した脳波に着目した神経ネットワークダイナミクスの評価方法が貢献できればと思っております.

編集部:信川様が考える本研究(神経ネットワークダイナミクスに着目した認知症の早期診断システムの構築)の意義を教えてください。

信川様:これまでの我々の研究成果としては,加齢やアルツハイマー病における神経ネットワークのダイナミクス変質を捉えることに成功しております.

参考:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1053811918321529

参考:https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-92310-5_6

私たちの開発した手法は,fMRIのような大病院にしかないような高価な機器を使わなくても,臨床的汎用性の高い脳波計での評価が可能であり,むしろfMRIでは時間分解能の制約から評価できない,脳機能を直接に反映する神経活動である脳波に焦点をあてています,今後さらに研究を進めていくことで,臨床的な活用につながることを期待しています.

さらに認知症に限定されず,健康な高齢者であってもものごとを正しく理解して適切に実行するための認知機能は,加齢の過程において減衰していきます.この加齢に伴う高齢者の脳機能の低下は,高齢者自身のQOLを低下させ,さらに医療介護といった社会的負担の増加に繋がります.超高齢社会においては,このような認知機能低下を防ぐ予防的介入が必要であると考えられています.さらに高齢者の認知機能を高い状態で維持することは,高齢者の精神的幸福向上(well-being)につながることが知られています.高齢者が生きがいをもって幸せに暮す社会の実現には,認知機能を維持するための効果的な介入が必要です.その介入は画一的なものではなく,高齢者毎の認知機能に加えて健康や生活環境などの状態に合わせたテーラメイドなものであることが望ましいとされています.私たちの研究がそのような認知機能推定に活用できるかもしれません.以下が健康な高齢者を対象とした認知機能と神経活動のダイナミクスの関連を評価した研究のプレスリリースになります.

参考:PR TIMES

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今後の目標について

編集部:信川様の研究における最終的な目標を教えてください。

信川様:近年のニューロイメージング技術の進歩により,自閉症(Autism Spectrum Disorder: ASD)・注意欠陥多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity disorders: ADHD)に代表される発達障害や,思春期前後に発病の多い統合失調症,老年期にみられる認知症などの様々な精神疾患において,脳の神経ネットワーク変質の特徴が明らかになりつつあります.発達障害や精神疾患における早期の診断と介入は,患者の予後を大きく左右することから,従来の問診を主体とする診断に加え,神経ネットワーク変質の知見に基づく早期診断を実現するための客観的で定量的なバイオマーカを利用した診断法の考案が望まれています.私たちの研究の最終的な目標は,臨床的汎用性の高いニューロイメージングを利用して,このようなバイオマーカの実現に繋げることになります.

編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?

信川様:臨床的な汎用性が高い神経活動のダイナミクスを捉える他のニューロイメージングとして,瞳孔径があります.この瞳孔径は,脳波では捉えることのできない,情動や注意・覚醒機能に関わる脳深部の神経活動を反映することがわかっております.私たちは脳波だけでなく,瞳孔径の計測に基づく,神経ダイナミクス推定をこれまでに開発しております.

参考:マイナビニュース(https://news.mynavi.jp/techplus/article/20210427-1879858/
参考:マイナビニュース(https://news.mynavi.jp/techplus/article/20210315-1808380/

今後はこのような,瞳孔径計測と融合させた神経ネットワークダイナミクスの推定を実施していきたいと考えております.

 

健達ねっとのユーザー様へ一言

認知症の早期診断・治療や予防的介入の実現への一助となるように,情報科学を専門とする研究者として,今後も医学系の研究者の方々と協働して今後も研究を進めてまいります.

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薬の使い方

千葉工業大学 情報科学部 情報工学科 教授

信川 創のぶかわ そう

博士(応用情報科学)
電子情報通信学会 会員
日本神経回路学会 会員

  • 博士(応用情報科学)
  • 電子情報通信学会 会員
  • 日本神経回路学会 会員

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