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研究内容について
編集部:「家族療法と個人療法の統合」についての研究内容とその研究成果について教えてください。
安村様:家族療法も個人療法もカウンセリングの一種ですが、それぞれ別々に発展してきた治療法ですので、家族療法家は家族療法だけで治療しようとし、個人療法家は個人療法だけで治療しようとする、という状況が長年続いてきました。
しかし、どちらも有効な治療法であり、クライエントの方の相談内容によっては、その両方の治療法を用いる方が効果的なケースが多くあります。そこで、ひとりのクライエントに個人療法と家族療法の両方を並行して実施することの有効性を示す臨床的研究を続けて来ました。
また治療理論的にも、家族療法は家族システムを治療対象にするのに対し、個人療法はクライエントの精神内界を対象に治療するという次元の違いがあるため、そのふたつの異なる治療理論の統合についても研究し、それらが相乗的に効果を起こすことを提唱してきました。
人間は本来、多元的な存在ですので、現在では、心理治療も多元的な治療を並行して行う統合的な治療が重要であることが、現在は一般にも理解されてきたように思います。
編集部:その研究を行った経緯を教えてください。
安村様:私は心理臨床の実践を精神科での臨床から始めました。精神科ではもちろん患者さんが対象になりますが、実際の診療には、患者さんのご家族も付き添って来れらることが多く、そこで患者さんの治療だけでなく、患者さんのご家族にも治療に協力していただくことが、非常に患者さんの回復に大きな影響を与えることを見てきました。
そこで、私はそれまで個人療法の経験しかありませんでしたが、家族を対象にする家族療法にも強い関心を持つようになり、家族療法の研修も受けるようになりました。そして、当時、統合的なチーム治療で有名だったアメリカのメニンガークリニックに留学し、そこでさらに精神分析的個人療法と家族療法の両方を研修する機会を得て帰国し、個人療法と家族療法の両方を実践するようになったのです。
編集部:「抑うつ状態の中年女性への支持・表現的精神療法―治療プロセスの自己心理学的考察ー」についての研究内容とその研究成果について教えてください。
安村様:うつ状態で心療内科クリニックに来院した中年の女性患者さんに対し、薬物療法と並行して、精神分析的な個人カウンセリングを行い、症状の改善のみたケースの治療プロセスをまとめ、その治療技術について考察した事例研究です。精神分析的な個人療法では、最も重要な治療介入は、クライエントの精神内の葛藤を治療者が解釈し、クライエントがその葛藤にまつわる感情を表出しながら、自己の気づき (洞察) を得ることだとされています。
しかし、そうした内面の葛藤をクライエントに表出させる表現的技法は、クライエントの自我が強くなければ、クライエントをかえって動揺させたり、不安にさせたりすることがあり、そうした表現的技法を使う前には、もっとクライエントの気持ちを理解し、支え、自我をサポートする支持的技法を用いることが必要になります。
本研究では、そのことを治療プロセスを通して示し、治療者は表現的技法と支持的技法の両方をいかに用いることが必要であるかを明らかにしました。
編集部:安村様が考える本研究の意義を教えてください。
安村様:私は精神分析的心理療法を実践する際に、コフートの精神分析的自己心理学の理論が、最も有効な理論であると感じており、現在、コフート理論の研究をしています。
コフートは、精神分析派ですが、独自の理論である自己心理学理論を提唱しています。
自己心理学理論は、人間のもつ健康な自己愛を重視しています。
クライエントの方は、自己愛の傷つきを経験しているケースが実に多く、心理治療においても、まずはクライエントの自己愛の傷つきを治療者が理解し、クライエントの自己の修復・回復を図ることが重要であることを指摘しています。
この研究においても、クライエントのうつ状態の治療には何よりもクライエントの自己愛の傷つきを共感的に理解し、クライエントの自己を支える支持的技法が必要であることを症例を通して示し、そこでコフートの理論が適用できることを明確に示したことに意義があったと思っています。
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今後の目標について
編集部:安村様の研究における最終的な目標を教えてください。
安村様:現在は、コフートの自己心理学の理論的妥当性をもっと臨床的に検証したいと思っています。
コフートが重視する健康な自己愛は、それが生じ、育ち、維持されていくためには、必ず、他者が必要であることを指摘しています。つまり、自己が生まれるためには、他者に自己の存在を認められ、自分の存在価値を他者に確認されるという、他者の心に自分が映し出される自己対象体験が生涯を通して絶対に必要なのです。
このコフートの自己と他者の視点は、昔から哲学的に論じられてきた普遍的なテーマでもありますが、日本人にとっては、自分と相手はつながっていて容易に入れ替わるという、自己と他者が明確に切断されていない、馴染みある捉え方と共通しています。
今後も、こうした自己と他者の問題をコフートの理論を援用しながら研究し、人間存在についてさらに探究していきたいと思っています。
編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?
安村様:コフートの自己心理学理論は、臨床的な精神分析的治療の研究から生まれてきたものですが、この理論を用いることで、現代の子育ての問題やさまざまな人間関係の問題、あるいはさまざまな事件や社会現象を深く分析することができます。
理想の価値が低下し、生きる意味を実感することが減少し、真の権威がどこにもなく、モラルが崩壊し、そして人間関係が情報化することで希薄化の一途を辿っている現代の社会では、確固とした自己が他者に支えられて育つはずもなく、健康な自己愛が欠乏しているために、自己愛的渇望の肥大化した人々が、衝動的な満足を求めて、さまざまな問題を起こしているものと思われます。
このような時代の潮流の中で、コフートの自己心理学理論が提示している新しい概念は、現代人の弱体化した自己の回復と再生のために重要なヒントを与えてくれるものと思います。
今後はそうしたコフートの理論を応用し、広く社会現象の分析を進めていければと思っています。
健達ねっとのユーザー様へ一言
身体の健康は、心の健康と切っても切れないものです。心の健康を維持するためには、自分を自分自身で褒め、認め、理解し、優しくし、大切に扱う、といった自分を慈しみ、愛おしく感じるといった健康な自己愛の体験をしっかり持つことが大切です。
自分に厳しくすることが時に必要なことがあるのかもしれませんが、その結果については、必ず自分を評価して、よくがんばったと自分を褒めることが大切です。こうした考え方は、私が研究している精神分析学者のコフートが確信をもって主張していることでもあります。
どうか、みなさん、自分に寛大になってください。そして、それを認めてくれるような人との付き合いを大切にしていってください。