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研究内容について
編集部:「ムギネ酸類・ニコチアナミン分泌を介した鉄移行と鉄恒常性維持の分子メカニズムの解明」についての研究内容とその研究成果について教えてください。
野副様:ムギネ酸類やニコチアナミンは植物の合成するアミノ酸の一種で、鉄と結合する金属キレーターです。鉄は植物だけでなく全ての生物にとって必須な金属栄養素です。植物では、鉄が不足すると、葉が黄色くなる鉄欠乏クロロシス症状を呈して光合成が十分に行えず生育が阻害されるため収量が激減します。また人では鉄欠乏性貧血症となり、めまいや動悸など全身症状が現れます。私たち人が摂取する鉄は、究極的には土壌中に存在する鉄を、植物が根から吸収して可食部へ蓄えたものに由来しています。鉄は遷移金属であり三価鉄と二価鉄の形態をとります。鉄は土壌中に豊富に存在していますが、その大部分が水に溶けにくい三価鉄として存在しているため、植物は吸収することができません。また生体内においても鉄は容易に難溶性三価鉄となり沈着しやすく利用できなくなります。一方、二価鉄は可溶性ですが、フリーラジカルを発生して細胞に害を与えるため、生体内で安全に利用されるためには何らかの物質と結合する必要があります。ムギネ酸類やニコチアナミンは土壌中からの鉄の獲得や植物体内での鉄の安全な移行に関与しており、ムギネ酸類やニコチアナミンの合成や移行量の制御により植物の鉄欠乏耐性能や鉄含量を向上できることが示されています。私は、植物の鉄欠乏耐性能力や鉄含有量を向上した作物の開発を最終目標として、ムギネ酸類やニコチアナミン分泌を介した鉄移行と鉄恒常性維持の分子メカニズムの全容解明を目指しています。
私はムギネ酸類を根から土壌へ分泌する輸送体タンパク質としてTOM1を単離・同定しました(Nozoye et al.(2011) J Biol Chem; Nozoye et al.(2013) PLoS ONE)。また、TOM1の仲間であるTOM2が生体内でのムギネ酸類分泌の輸送に関与し、植物の正常な生育に関与していることを見出しました(Nozoye et al.(2015) J Biol Chem)。さらにニコチアナミンを細胞外に分泌する輸送体タンパク質としてENA1・2を単離・同定し、ENA1が植物の鉄恒常性維持に関与していることを見出しました(Nozoye et al.(2011) J Biol Chem; Nozoye et al.(2019) Fro Plant Sci)。また、ムギネ酸類生合成が細胞内でダイナミックに動く小胞で行われていること、この小胞が植物の鉄恒常性維持に関わっている可能性を発見しました(Nozoye et al.(2004) Soil Sci Plant Nutr; Nozoye et al.(2014)Plant J; Nozoye et al.(2014) Plant sig behav)。そして、ダイズやサツマイモにNA合成酵素遺伝子を遺伝子組換え技術により高発現させることで、可食部の鉄含量を増加させるとともに植物体の鉄欠乏耐性を増強することに成功しました(Nozoye,T. et al.(2014) Bioscience, Biotechnology and Biochemistry;Nozoye,T. et al.(2016)Plant and Soil)。しかし植物体内のどこで鉄欠乏を感知するのかや、鉄欠乏シグナル分子に関しては大部分が未知のままです。本研究ではムギネ酸類やニコチアナミンを介した鉄欠乏感知機構を明らかにすることで、例えば適切な場所・タイミングでムギネ酸類やニコチアナミンを投与する、あるいは新規鉄欠乏シグナル分子を用いることで、作物の鉄欠乏耐性能力及び鉄含有量を増強する技術を開発することを目指しています。
編集部:その研究を行った経緯を教えてください。
野副様:今後世界人口は増加し100億人に到達すると予測されており、食糧不足が懸念されています。しかし、世界の耕作可能面積は限られており、現在すでに最大限の耕作地が使用されています。また、地球温暖化の解決のため二酸化炭素濃度排出をゼロにするべく世界的な取り組みが行われています。地球の植物生産量を増大させ、光合成量を増加できれば、地球温暖化の原因物質といわれる二酸化炭素濃度の減少にも貢献できます。これまでに栽培に適さないとされてきた不良土壌でも生育できる植物を開発できれば、植物生産量を増大させることで食糧・環境問題の解決に貢献しうると期待されます。石灰質土壌は世界の陸地の約30%を占める不良土壌です。石灰質土壌での植物の生育不良の主要因は鉄欠乏です。石灰質土壌は土壌pHがアルカリ性であるため、含まれる鉄のほとんどが難溶性三価鉄として存在しています。石灰質土壌で生育した植物は深刻な鉄欠乏症状を呈して収量が激減します。また、乾燥地では不適切な灌漑による塩類集積により土壌pHが上昇し耕作不能な農地となってしまう場合が多く問題となっています。これらの乾燥地でも植物の鉄欠乏が問題となります。また、人でも鉄欠乏貧血症は解決すべき問題ですが、一番の解決策は食物中の鉄含量を向上することです。植物の鉄栄養維持機構を全容解明し、これを強化することで、石灰質土壌でも生育できる作物や鉄含量の高い作物を開発して、地球環境問題の解決や人の健康向上に貢献したいと考え研究を行っています。
編集部:「都市型農業に適した小型植物工場における作物の鉄栄養に関する研究」についての研究内容とその研究成果について教えてください。
野副様:本研究は小規模水耕栽培システムにおいて様々な作物の栄養価や収量を同時に最大限にする栽培体系を構築し、都市部の隙間でも行える新しい農業体系の形成を目指しています。私はJSTの国際共同研究加速基金に採択され、2017年に欧州で研究する機会を得ました。その際に、私が視察した植物工場で問題となっていたのは植物の鉄欠乏でした。鉄は豊富に存在しても通常の水耕栽培条件下では水に溶けにくい難溶性三価鉄になるため植物は利用できません。鉄は遷移金属で水に溶けにくい三価鉄と可溶性の二価鉄の形態をとりますが、植物工場で主に行われる水耕栽培では根に空気を供給するためエアレーションを行うことから鉄が三価鉄に還元されやすくなります。難溶性三価鉄は植物が吸収しにくいため、植物が十分な鉄を吸収することができずに鉄欠乏になっていると推察されました。イネやトウモロコシなど主要な穀類の属するイネ科植物は、ムギネ酸類と呼ばれる三価鉄キレーターを合成して根から根圏へと分泌します。根圏へ分泌されたムギネ酸類は、根圏の難溶性三価鉄をキレートして可溶化します。イネ科植物は三価鉄-ムギネ酸類として鉄を獲得します。ムギネ酸類を用いた鉄獲得機構はイネ科植物のみが持つとされ、トマトやレタスなどの双子葉植物は根の表面で三価鉄還元酵素を働かせて三価鉄を還元し、二価鉄輸送体によって二価鉄イオンを吸収します。私はイネ科植物が根から分泌するムギネ酸類は、同じ水耕液で混植栽培した他の作物の鉄利用効率も向上しうることを示しました(Nozoye,T. et al.(2017) Soil Sci. Plant Nutr.)。実際の農地においても混植によって作物の鉄欠乏を回避する栽培方法が行われています。例えば中国ではピーナッツの近隣にトウモロコシを植えることでピーナッツの鉄利用効率を向上しています。またイタリアではブドウの近隣にイネ科牧草を植えることでブドウの鉄利用効率を向上しています。一方で、植物工場においてはこれまで複数の種類の作物を同時に栽培されることはあまり行われておらず、混植の影響などはほとんど調べられていません。植物工場でよく生育されているレタスやホウレン草、トマトなどはいずれも双子葉植物であり、イネ科植物はほとんど生育されていません。本研究では、イネ科植物と双子葉植物の混植による作物生産の効率化条件の検討を行うとともに、都市部において小規模植物工場を実際に構築し、植物工場を中心とした新しい文化の形成や持続可能な農業の新形態の確立につなげていきたいと考えています。
Q4.野副様が考える本研究の意義を教えてください。
野副様:植物工場は、土壌を用いず、地球環境の変化に左右されない人工的に制御された環境で作物を生産することが可能です。これまでに廃工場を植物工場に再利用するなどのプロジェクトが行われてきました。しかしながら、農地で栽培された作物に比べると単価が高くなり、採算が取れないことが問題となってきました。私は植物工場で採算の取れている希少な成功例を欧州諸国において視察する機会に恵まれました。例えばオランダハーグの植物工場では若者が中心となり植物生産とともに作物収穫体験やライブを企画することで人の集まる施設を形成していました。近年、地球温暖化によりこれまでにない豪雨や干ばつ、病害虫の大発生が生じ、安定的な収量を維持することが困難になりつつあります。日本では作物の自給率が低く、多くの作物を輸入により賄っています。さらに、農業に従事する人の高齢化が進行し、農業に従事する若手も減少しており、今後さらに作物自給率は悪化すると考えらます。一方で、世界でパンデミックとなったコロナ禍では海外渡航が規制されましたが、今後同様の影響で作物も輸入や流通を制限せざるを得ない状況が起きる可能性があります。日本で特に人口の多い都市部において作物を簡便に安定して供給する農業形態の開発が求められます。都市部の路地やビルの一角で収量の高い作物を生産し流通できれば、持続可能な農業の新しい形態を構築できます。さらにデザイン性を持たせおしゃれでクールなものにすることで、これまでの農業のイメージを刷新でき、若者が生活の一部として農業に従事する機会が増えていくと期待しています。
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今後の目標について
編集部:野副様の研究における最終的な目標を教えてください。
野副様:私の通った高校では2年生になる時に文系と理系を選択して、それぞれ重点的な科目を履修するというカリキュラムだったのですが、その際に文系を選択しました。当時は社会と理科が好きだったのですが、小学校の先生になりたいと思っていて、どちらかといえば社会が好きという軽い気持ちから文系を選択しました。ですが、数学の先生の「文系なら数学はここまで知っていればよい」という言葉に疑問を感じたこと、生物が好きだったことから、大学に入る際に理系に転向して生物学科に入りました。大学では、科学技術と社会に乖離が起きていることが問題となっており、この乖離を埋める学問が必要であると主張される先生に大きな影響を受けました。私はこの科学技術と社会の乖離を埋めることに貢献したいと考えたのですが、科学技術の進歩はとても早く、自身が最先端の研究に携わり続けなければ、乖離を埋める存在にはなれないと感じました。ですので、私の研究の最終的な目標は、「自身が最先端の研究を続けながらその知識を社会に還元して、科学技術と社会、理系と文系の乖離を埋めることに貢献する」ことです。
今後、世界的には人口が増加して食糧が足りなくなると懸念されています。また、地球温暖化が進行しており、食糧問題・環境問題の解決のために植物生産を増大させることが必要です。現在植物生産に適していない土地でも生育できる植物を開発できれば、植物生産を増大することができます。また、都市と農地が融合して都市でも植物生産を増大することができれば食糧問題の解決に貢献できます。そこで、私は植物の鉄栄養に関わるムギネ酸類とニコチアナミンに着目して、鉄欠乏耐性・鉄含量を向上した植物を開発し、飢餓をなくし、緑豊かな地球の維持に少しでも貢献したいと考えています。
編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?
野副様:私は現在、文系大学である明治学院大学に所属して、一般教養として生命科学に関する講義を行うとともに研究を進めています。私の主な研究テーマである植物の鉄栄養に関わるムギネ酸類やニコチアナミンに関しては、生合成に関わる酵素遺伝子や合成量を制御する転写因子遺伝子、輸送体遺伝子などが明らかとされ、これらを遺伝子組み換え技術を用いて制御することで鉄欠乏耐性植物や鉄含有量の向上した作物が作出されています。しかしながら、遺伝子組換え植物は社会に受け入れられている状況とは言えず、実用化は進んでいない状況です。講義で私が関わった研究について紹介すると、「遺伝子組換え作物は有害なものであると思っていたが、講義を聞いていいものだということが分かった」という意見を聞くことが多いです。ですが、遺伝子組換え作物がいいものか悪いものかというのは答えがないものです。食糧不足や環境問題を解決するためなど利益が上回ったら社会として需要するというように各人がある程度知識を持ち協議をして利用していく必要があると私は考えています。そのためには、最先端の研究を一般の人も体験して知識を自分事として考える仕組みが必要だと考えています。小型植物工場において、最先端の研究を展開する仕組みを構築して、文系理系など境界を設けずに研究を展開していきたいと考えています。
健達ねっとのユーザー様へ一言
私は研究で植物を育てるのに、食用としても用いられている寒天を使用しています。以前、寒天がダイエットに効果的だとテレビ番組で紹介されたことがあるのですが、寒天が爆発的に売れてしまい、研究で使用する寒天が手に入らなくなるということがありました。寒天ブームは一過的なものだったのですが、一つの健康情報で行動が影響されるという象徴的な出来事として印象に残っています。私が着目している鉄分は不足しても問題ですが、過剰にあっても生体に害があるため、適量を適当な方法で摂取していく必要があります。鉄を含めた栄養素について、生体はバランスをとる仕組みを備えてはいますが、植物も人もずっと偏った食生活が続くとバランスが取れなくなり健康を害してしまいます。私も健康に興味がありますが、健康はバランスで成り立っているので、こうすればよいという正解がなく維持するのは難しいなと思います。身体の中で何が起こっているのか、食べ物が体の中でどうなっていくのか想像してバランスを取りながら生活するのが健康を維持するのに役に立つのではないかと考えています。