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研究内容について
編集部:脳血管性認知症についての研究内容とその研究成果について教えてください。
川原様:脳血管性認知症は、老年性認知症の約1/3を占めます。脳梗塞などの後、脳の血管が詰まる虚血状態になると酸素や栄養成分が欠乏し、周囲の神経細胞が脱落する結果認知症が発症します。脳虚血後には神経細胞が異常興奮するため、伝達物質であるグルタミン酸が過剰にシナプスに放出されることによって神経細胞死が生じると考えられていました。シナプス小胞内にはグルタミン酸とともに亜鉛が存在しており、両者が記憶や学習に重要な働きを担っています。脳虚血時には、亜鉛も同じように過剰に放出され神経細胞死を引き起こすことが明らかになってきました。さらに、亜鉛を除く(キレーターの投与)によって脳梗塞の増悪が抑えられることなどから、亜鉛による神経細胞死が発症に重要な役割を持つと考えられるようになってきました。我々は、亜鉛がどのようなメカニズムで神経細胞死を起こすのかを培養神経細胞を用いて研究してきました。亜鉛はもちろん身体に欠かせない微量元素で、脳内でもさまざまな有用な働きを持っています。従って、
編集部:研究を行った経緯を教えてください。
川原様:私はもともとアルツハイマー病の研究、特にアルミニウム神経毒性との関係やβアミロイドタンパク質によってどのようなメカニズムで神経細胞が死んでいくのかを研究していました。その結果、亜鉛は、βアミロイドタンパク質に対して、ある点では発症を促進し、別の点では発症を抑制するように働くことが明らかになってきました。そこで、亜鉛を当時用いていた培養神経細胞(GT1-7細胞)に投与した結果、顕著な細胞死が生じることを偶然見出しました。その後、宮崎県の九州保健福祉大学において、当地の魚介類資源の医療分野への活用が出来ないかという産学官連携事業に携わり、魚介類や農産物中に脳血管性認知症を予防する物質の探索を行った次第です。
編集部:脳血管性認知症を予防することはできないのでしょうか?
川原様:脳血管性認知症はまだら認知症とも呼ばれ、ダメージを受けた部分の機能は低下しますが、残りの部分は正常な機能を保っています。ところが、梗塞発作を繰り返すと症状は悪化していきます。また、脳梗塞の後で直ちに神経細胞が死ぬわけではなく、梗塞の発作後、3年以内に約3割の患者さんが認知症を発症します。従って、発症する前に脳血管障害を起こさないような生活習慣(高血圧や糖尿病の予防など)やカルノシンの補充療法によって予防できるのではないかと考えています。
編集部:川原様が考える本研究の意義を教えてください。
川原様:言うまでもなく、老年性認知症は年々増加しており、患者様本人だけでなく家族や介護者、社会全体に与える影響にも大きいものがあります。カルノシンは、βアラニンとヒスチジンアミノ酸がという2個結合した単純な構造をしており、ヒトを含めた脊椎動物の筋肉や脳に広く分布しています。抗疲労効果、抗酸化作用、抗クロスリンク作用など様々な有用な性質を持っていますが、年齢とともに減少することが報告されています。また、加熱に安定で水に溶けやすいという性質を持っています。従って、サプリメントや食品の形でカルノシンを補充することによって老年性認知症の予防・治療が可能になれば、その社会的影響は大きいものがあります。
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今後の目標について
編集部:川原様の研究における最終的な目標を教えてください。
川原様:今後、日本だけでなく世界全体で老年性認知症が増加することが予想されます。老年性認知症の発症を少しでも抑制し、最終的には、SDGs 3「すべての人に健康と福祉を」に貢献できればと考えています。
編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?
川原様:アルツハイマー病、プリオン病、レビー小体型認知症のような神経疾患では、タンパク質(βアミロイドタンパク質、プリオンタンパク質、αシヌクレイン)の異常蓄積が発症に重要な働きをもっています。この異常蓄積には亜鉛、銅、鉄などの脳内の微量金属が関与していることや、これらのタンパク質が金属結合能を持ち、金属ホメオスタシスの維持に働いていることがわかってきました。さらに、これらのタンパク質はシナプスに局在することも報告されています。シナプスにおけるこれらのタンパク質と微量金属の相互作用を明らかにすることによって、その役割や神経疾患の予防・治療法開発につながるのではないかと考えて今後さらに研究を進めていきたいと考えています。
健達ねっとのユーザー様へ一言
認知症は、予防が可能な疾患であり、早期発見すれば症状の悪化が抑えられます。認知症を予防するためには、何が重要なのかを基礎研究で明らかにしていきたいと考えています。