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研究内容について
編集部:「人型対話ロボットと連携した高齢者のためのケアリングとしての看護の方法の開発」についての研究内容とその研究成果について教えてください。
谷岡様:2017年から2021年末まで、徳島大学大学院医歯薬学研究部保健学域看護管理学分野(谷岡哲也教授、安原由子准教授)とエクシング社、東海大学(甲斐義弘教授)、徳島文理大学(宮川操教授)、高知大学(大坂京子教授)ほかが連携し、ソフトバンクロボティクス社の人型ロボット「Pepper」を活用し、エクシング社が開発した介護施設向けレクリエーションアプリ「健康王国レク for Pepper」を使用した臨床試験を行いました。
主な研究資金は、基盤研究(A)・谷岡哲也・2017-2021(https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-17H01609/)であり、前述したロボットを活用したレクリエーションの実施及びリハビリテーションの評価に取り組んできました(Tanioka R, et al. 2022; Tanioka R, et al. 2019; Tanioka T, 2019)。
また谷岡らは、エクシング社と共同で、ケアリングに基づいた対話機能をもつプログラムを開発し、Pepperにインストールして実証試験を行いながら問題点や改善点を抽出しました(Betriana, et al. 2022, Tanioka T, et al. 2021)。
現在のPepperロボットは、高齢者施設やリハビリテーションの場で活用するためには、高齢者施設の職員の手(介在者)が必要になりますが、高齢者・介在者・Pepperの三者関係の中で、介在者の支援があれば、Pepperを十分に活用できることが明らかになってきました(Osaka, 2020; Tanioka T, et al. 2019; Tanioka T, 2017)。
編集部:その研究を行った経緯を教えてください。
谷岡様:ロボットの研究に興味を持ち始めたのは、看護学校を卒業して精神科病院で働いていたときの事でした。今から30年も前のことです。パーキンソン病や抗精神病薬の副作用のために歩行が不自由な患者さんや転倒する患者さんがいらっしゃいました。その中でこのような状態の患者さんの支援がしたいと考え大学院に進学しました。修士課程では、障害のある人の社会的な支援の方法について研究し、博士課程では、歩行を支援するためのリハビリテーションについて、歩行支援装置や歩行時の動作解析を行う研究をしました。ここでは、東海大学の甲斐義弘教授と一緒に研究を行いました。それが現在行っている研究の基礎になっています。また、21年前に徳島大学に着任してからは、ロボットが自然に対話するための自然言語処理の研究を元徳島大学工学部の任福継教授と一緒に始めました。
編集部:谷岡 哲也様が考える本研究の意義を教えてください。
谷岡様:今後、医療提供システムはさらに自動化され、人工知能(AI)やヘルスケアロボット(以下、HCR)がさらに活用されるようになると考えています。先進諸外国も急速に高齢化が進み、看護および介護労働力不足の現実に直面しているため、高齢者のケアを支援するHCRの開発に取り組んでいます。
超高齢社会の日本においては、認知症高齢者はますます増加すると予想されており、人員不足の中でもテクノロジーを活用してケアの質を高めることが重要課題となっています。認知症患者は夜間せん妄や徘徊、日中の傾眠傾向により睡眠リズムが変化して良質な睡眠が阻害される場合があり、自律神経活動の乱れの1つの原因となっています。レクリエーションやリハビリテーションに取り組むことで日常生活にメリハリをつけることができます。HCRは、その役割を担うことができます。
HCRが高齢者のコミュニケーション・パートナーになり得るためには、思いやりのある会話ができる必要があり、自然言語処理機能の向上とAI開発が必要になっています。私たちの目指す思いやりのある対話力とは、相手を理解できること、相手から学ぼうとすること、そして相手に「話をして良かった」と思ってもらえるような対話です。HCRが、高齢者を支援し、医療従事者の人員不足を補うための機能を持つためには、まだまだ改良が必要です(Tanioka, et al. 2021)。
そのような意味で我々の取り組みは、現在の人型ロボットの活用を進めるステップになっていると考えています。
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今後の目標について
編集部:谷岡 哲也様の研究における最終的な目標を教えてください。
谷岡様:最終的な目標は、人間の生活を豊かにする研究成果を目指しています(Tanioka T, et al. 2017)。
私たちの分野では、看護におけるケアリングとしての技術力に関する研究を行っています(Rozzano Locsin Institute)。看護の対象がどのような人か、相手がどのような体験をしているのかを共有させていただけるようなケアリングとしての看護ができることです。人には人をケアできる優しさや思いやりがありますが、ロボットにもそのような機能を持たせることができれば、人を癒す会話ができると考えています。
高齢者の認知症予防対策として、高齢者が、人や人型ロボットと対話するような双方向のコミュニケーションを行うことは有効な手段の1つであると考えています。現在は、これまでの臨床試験結果を基に、リハビリテーションの支援を行うためのデータベース(マルチモーダルデータベース: MMD)を開発するとともに(Osaka, et al. 2022; Akiyama, et al. 2022)、将来的にはHCRが人間のように対象者に思いやりを持った関わりやコミュニケーションができるAIの開発を目指して学際的に研究に取り組んでいます(Matsumoto, 2022)。
編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?
谷岡様:看護におけるロボティクス(ロボット学)の分野は、特に高齢者や障害を持つ人々に対する介護支援の必要性に対処するために、急速に発展しています。このような看護におけるロボティクスを明確にするための新たな研究デザインが重要です(Tanioka T, et al. 2021)。
看護におけるロボティクスでは、患者、看護師(介在者)、HCRの三者関係を考え、その中でHCRやAIをツールとして効果的に活用することが重要です(Soriano, et al. 2022)。
看護学と工学やその他の学問領域が学際的に連携して作り上げる「看護のためのロボティクス」は、看護学生が将来の医療や看護の革新者および発明者として参加できるようにするための基礎的スキルを構築する一助となるでしょう。また、大学院において、看護学、機械工学と情報科学の融合領域を学びながら、ものづくりを通して次世代のロボティクスを追求することで、医療提供システムへのパラダイムシフトを起こす研究につながる可能性があります。
看護師にとって、ロボティクスを看護に取り入れることは、看護の質の向上と業務負担の軽減に取り組むことを意味します。患者にとっては、HCRが生活の質や身体機能の向上に有効であることが期待されます。看護におけるロボティクスは、医師や看護師などの医療従事者の診療を支援し、協働するHCRを開発するための方法論、技術、倫理を研究する学際的な学問分野です。
そのためには、
- よりよい看護のために、HCRに関する知識(安全性、機能、効果、使用方法など)を研究すること、
- よりよい看護のために、必要なHCRを提案し、技術者とともに開発すること、
- よりよい看護のために、HCRを有効に活用するための環境整備を行うこと、
- HCRやAIの利用を倫理的、道徳的観点から検討すること、
- 医師、看護師、その他の医療従事者が、HCRを活用したより良いケア・レクリエーション・リハビリテーションのためにどのようにチームとして機能すべきかをモデル化すること、
- 患者、医師、看護師らがそのモデルを評価し、新しいHCRの開発・改良にフィードバックすること、
が重要となります。
健達ねっとのユーザー様へ一言
これからさらに看護や介護の場に、テクノロジーが導入されると思います。テクノロジーを活用したケアに少し、関心を持っていただけたら嬉しいです。
日本では高齢化率が上昇し、健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)が平均寿命より10年短くなっています。
健康でいきいき生活している高齢者がいる一方で、年齢以上に身体機能が低下していると考えられる人がいます。しかし、健康な高齢者における自律神経活動のバランス、運動習慣、睡眠状態についてはあまり知られていません。
一般的に高齢者は睡眠障害を経験することが多いことが知られています。どうすれば、健康的に老いることができるのか、そのことに目を向ける必要があると思います(Sugimoto, et al. 2018)。
テクノロジーを活用したこれまでの研究で、自律神経活動は加齢とともに変化し、特に夜間の副交感神経活動の著しい低下により、心臓迷走神経調節機能が常に低下していることがわかってきています(Sato, et al. 2021)。日中の活動量が少ない場合、睡眠の質が悪くなり、自律神経活動のバランスが悪くなります。一方で、いきがいのある生活を継続することで日中の活動量が多い場合、睡眠の質が良くなり、自律神経活動のバランスも良くなります。
いきがいは、生活のなかで見つけることができます。孫の世話をしたり、プランターで、花や野菜を育てることでもかまいません(Sugimoto, et al. 2018)。健康的な加齢に向けた準備として、座りがちな生活にならないために、いきがいのある生活を創造していくことも大切と思います。