健達ねっと 2023年2月掲載Doctor’sコラム
八千代病院 神経内科部長 愛知県認知症疾患医療センター長
川畑信也 先生
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認知症の完治は難しい。でも、症状の進行を抑えることはできる
誰でも、認知症にはなりたくないと考えていると思います。
しかし、年齢が進むに従って、認知症になる危険性は増加していきます。
現在の医学では、発症した認知症を完全に治すことはできませんが、認知症の進行を緩やかにすることは可能です。
認知症が進行すると、徘徊や暴言、暴力行為など、家族や周囲の人々が困惑する行動・心理症状が、よりみられやすくなるといわれています。
認知症を早期の段階で発見し、症状の進行を抑えることが重要なのです。
では、認知症を早期の段階で発見する手がかりには、どのようなものがあるのでしょうか。
私は、1996年にもの忘れ外来を開設し、現在までに1万人以上の認知症患者さんを診療してきました。
その経験から、認知症の早期の段階での“気づき”として、以下のことをお話ししたいと思います。
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早期発見の手がかりとなる、“4つの症状”に注目しよう
ここでは、認知症の原因で最も多い「アルツハイマー型認知症」の早期の気づきについて考えていきます。
アルツハイマー型認知症は、「しまい忘れ」や「置き忘れ」、「言われたことを忘れてしまう」、「同じことを何回も言う」などの、「もの忘れ症状」で始まることが多いです。
医学的には「記憶障害」と呼ばれるものです。
しかし、このしまい忘れや置き忘れは、認知症に限らず、加齢に伴って生じる、誰にでもみられるものでもあります。
つまり、もの忘れ症状があるからといって、ただちにアルツハイマー型認知症の始まりだとは、必ずしもいえないのです。
そこで、ほかのサインにも注目します。
アルツハイマー型認知症では、もの忘れ症状以外に、「易(い)怒(ど)性(せい)(怒りっぽい)」や「時間の把握の混乱」、「自発性の低下・意欲の減退」も、早期の段階からしばしばみられます。
易怒性は「些細なことですぐ怒り出す」、「注意をすると大声を出して反論する」などの症状で、初診のアルツハイマー型認知症患者さんの約半数にみられます。
以前に比べて易怒性が目立ってきたときには、アルツハイマー型認知症の可能性を考えるべきです。
「今日は何日? 何曜日?」と何回も尋ねてくる、あるいは、約束した日時を間違えることが増えてきたときには、時間の把握が混乱し始めているサインです。
そして、自宅で何もしない、以前は社交的で活発だったのに人との付き合いを嫌がるようになった、口数が少なくなってきた、といった症状がみられたら、自発性の低下や意欲の減退が生じてきているのではないかと考えるべきです。
このように、アルツハイマー型認知症の始まりは、「もの忘れ(記憶障害)」と「易怒性」、「時間の把握の混乱」、「自発性の低下・意欲の減退」のいずれか、あるいはいくつかがみられ始めてきたときと考えてよいでしょう。
家族あるいは周囲の人々は、この4つの症状に注目してみると、アルツハイマー型認知症の始まりなのではないか、との疑いをもつことができると思います。
今までできていたことができなくなってきたら、要注意
4つの症状に加え、日常生活における行動の変化にも注意してみましょう。
- 日々の生活で、同じことを何度も聞くなど、確認する言動や行動が多くなってきた
- 薬ののみ忘れが多くなってきた
- 趣味や習い事を急にしなくなった
- 終日座ってテレビを見ているか、居眠りをしていることが多くなってきた
- 外出したがらない
- 長年通院してきた医療機関に通わなくなった
- 小額の買い物に紙幣を使用することが多くなってきた(その結果、財布に小銭が溜まっている)
- 自動車の運転で自損事故が多くなってきた
上記のように、今まで自分でできていたことができなくなってきたときは、要注意です。
アルツハイマー型認知症の特徴を一言で表すならば、「今までできていたことができなくなってくる病気」と表現することができます。
料理を例にあげると、今までは自分で買い物に行って必要な食材を仕入れ、目的の料理を作ることができていたのが、アルツハイマー型認知症に進展すると、買い物で必要な食材を買い忘れたり、同じものを買ってきたり、冷蔵庫内に賞味期限の切れた食材が多数残るようになったりします。
味付けが濃くなったり、極端に薄くなったりすることもしばしば。
自分でおかずを作ることが億劫になるので、お惣菜を買ってくる頻度も増えます。
このように、日常生活のなかで今まで自分ひとりでできていたこと、行っていたことをしなくなった、できなくなってきたとき、アルツハイマー型認知症を疑うようにしましょう。
もの忘れが目立ってきたら、年齢のせいにせず、一度受診を検討しよう
以上のように、アルツハイマー型認知症に特徴的な4つの症状、ならびに、日常生活での行動の変化に注目を向けることが重要なのですが、さらに以下のことを強調したいと思います。
それは、早期の段階の認知症と、加齢に伴うもの忘れ(年齢が進んだ結果としてのもの忘れであり認知症に進展しない状態)との区別は、とても難しいということです。
認知症は、ある日、突然発症してくるわけではありません。
もの忘れ症状は40歳代後半から出現し始め、年齢が進むに従ってその状態は進行、悪化してきます。
その延長線上で、徐々にアルツハイマー型認知症は発症してくるのです。
高齢の方にもの忘れ症状がみられたとき、家族は「年齢のせいだから」「トシを取れば誰でももの忘れはするのだから、まだトシ相応」と安易に考えがちですが、その“年齢のせいだから”と言われている人々のなかに、アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症に進展している人が少なからずみられるのです。
年齢のせいにしないで、「やはり一度は専門家に診てもらおう」という意識をもつことが、認知症の早期発見につながります。
また、アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症では、本人自身は、自分が認知症に進展しているとの認識(医学的には「病識」といいます)に欠けていることが多いものです。
自分は病気だと思っていないので、ご本人が医療機関を自発的に受診することは皆無です(逆に述べると、ご自身がもの忘れを心配し、自ら医療機関を受診してくる場合には、認知症に進展していないことがほとんどです)。
だからこそ、家族や周囲の人々が「最近、もの忘れが目立つけど認知症かな?」「一度病院でしっかり検査を受けたほうがよいのではないか」との思いを抱くことが、認知症の早期発見のカギになるといえます。
認知症の早期発見には、家族や周囲の人々の気づきが求められるのです。
家族や周囲の人々は、本人のもの忘れなどの症状をトシのせいと決めつけず、医療機関への相談・受診につなげられるよう、ぜひ心がけてください。