健達ねっと 2023年3月掲載Doctor’sコラム
認知症看護認定看護師 中村由喜子 先生
お多福もの忘れクリニック院長 本間昭 先生
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認知症ケアには、職種の垣根を越えた取り組みが必要
総合病院を訪れる患者さんの中には、認知症を合併している方もいらっしゃいます。認知症のある患者さんと接するときには、患者さんの既往や心身の状態に加え、認知症という病気がもたらす影響をふまえたケアを心がけることが大切です。
そこで活躍するのが、“認知症サポートチーム”です。
認知症サポートチームとは、認知症の専門医や、認知症看護認定看護師(認知症看護分野について半年以上の研修を終了した看護師)、老人看護専門看護師、社会福祉士、精神保健福祉士、薬剤師、臨床心理士、作業療法士などで構成されるチームのことです。主な活動内容は、認知症や軽度認知機能障害のある方が、慣れない入院環境の中でも安心して治療を受けられるよう、主治医や病棟スタッフと連携・相談しながら、入院生活や退院支援をサポートすることです。
今回は、総合病院における認知症サポートチームの役割について、認知症のAさんとそのご家族のケースを例に、お話しします。
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“覚えていられない”ことを理解し、本人が安心できる環境を整える
Aさん(87歳・女性)は、息子さん(48歳)と二人で暮らしています。認知症高齢者の日常生活自立度はⅡ(日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる状態)で、要介護2の認定を受けています。
Aさんはこれまで、通所デイサービスを週3回利用していましたが、コロナ渦でデイサービスの利用を嫌がり、自宅で過ごすことが多くなっていました。
息子さんはというと、日中は会社に行くため、Aさんは昼間、誰とも会話をすることがない日々を過ごしていました。
そんな中、Aさんは自宅で転倒し、右大腿骨頸部を骨折。手術を受け、術後、リハビリ目的で地域包括病棟に転棟されてきました。Aさんは在宅での生活を希望していたため、私たち認知症サポートチームは、Aさんの自宅退院に向けて取り組みました。
Aさんの既往は、高血圧、狭心症、アルツハイマー型認知症があり、降圧剤や抗凝固薬、睡眠薬を内服していました。転院時の認知機能の評価は、長谷川式認知症スケール(*1)15点で、短期記憶(数分~数日前の出来事の記憶)の障害、計算、記銘力の低下が目立ちました。
そのほかの状態としては、食事では義歯を使用し、食事動作は自立していました。排泄はときどき失敗してしまうことがあるためおむつを使用していましたが、日中はトイレに誘導することで排泄ができていました。睡眠の状況は、寝るときに睡眠薬を使用していました。しかし、夜間に目が覚めると息子さんの名前を呼び、一人で廊下を歩いている姿を見かけることもありました。
入院中のAさんは「家に帰りたい、息子が待っている」と話されており、馴染みのない入院環境に戸惑いを感じている様子がありました。短期記憶の障害が目立つAさんにとって、骨折したことや入院していることを覚えているのは非常に困難で、病院の生活に不安を抱いていると感じました。
そこで、認知症サポートチームは、Aさんに関わる病棟スタッフやリハビリスタッフと話し合い、Aさんが安心して入院生活を過ごしながらリハビリに取り組めるよう、覚醒状態のよい午後の時間帯に、リハビリ、入浴、散歩などの活動を組み込みました。
退院後の生活を見据えた支援で、介護を担う家族のフォローをする
また、退院に向けて息子さんの意向を確認し、退院調整を行っていく必要があると考えました。そこで、入院早期から息子さんとの面談を調整し、Aさんの日常の様子や、介護に対する息子さんの思いを確認しました。すると、
「母(Aさん)は半年くらい前からデイサービスを嫌がることが多くなり、自宅で過ごす機会が増えた」
「仕事から戻るとおむつが脱ぎ捨ててあったり、転んで腕や足に擦り傷や痣(あざ)ができたりしていた」
「夜中に名前を呼ばれることも頻回にあり、ついカッとなり怒鳴ってしまうこともあった」
と話してくださいました。また、
「母は常に自宅で過ごしたいと話しており、できる限り自分が面倒を見てあげたい」
とも話されていました。
そこで、退院に向けて認知症ケアチームと病棟看護師、主治医、退院支援看護師(地域連携課)、作業療法士、理学療法士、ケアマネジャー、通所デイケア職員など、多職種で情報を共有し、息子さんにAさんの入院生活の様子やリハビリの状況を見ていただき、退院後の生活について不安に感じることを確認していきました。
そして、息子さんの不在時にAさんが自宅で安心して過ごせるよう、在宅でのサービス利用を中心に検討しました。
フォーマルサービス(医療保険制度や介護保険制度などの法律・制度に基づいて行われる公的なサービス)に関しては、訪問ヘルパーの利用と通所デイサービスを検討しました。なかなか外出をしたがらないAさんにとって、通所デイサービスに通うことは困難でしたが、リハビリの継続と入浴を目的に、通所デイサービスの利用を施設職員と話し合い、調整しました。
また、インフォーマルサービス(介護保険などの制度を使わないサービス)としては、近隣に住むAさんの妹さんご夫婦に協力をお願いしました。
退院後は在宅での生活が中心となるため、Aさんの入院中の期間を使い、私たちは息子さんやAさんの妹さんにおむつ交換のやり方について指導を行い、介護負担の軽減に努めました。
また、夜間のAさんの睡眠を確保し、息子さんも休めるよう主治医と相談し、Aさんの内服薬の調整を行いました。
息子さんはAさんの退院に向け、全部自分で何とかしようと思っていた様子ですが、サービスを利用したり、近所に住むAさんの妹家族と情報を共有することで、一人で介護を背負わなくてもいいこと、Aさんにとってもほかの人との交流が認知症の進行予防につながることを理解でき、在宅での介護に対して不安が減った様子でした。
また、Aさんが自宅で一人になる時間が減り、息子さん自身が安心して仕事に取り組むことができると話されていました。
Aさんの退院後、外来でAさんの手を引いて歩く息子さんにお会いしました。息子さんは、
「通所デイサービスを休む日は、叔母(妹さん)やご近所の方がお昼に合わせて訪問してくれるようになり、楽しくやっている様子です。穏やかに過ごせるようになって笑顔が増えました」
と、笑顔で話してくださいました。
地域との連携が、本人だけでなく介護者の負担軽減にもつながる
今回の事例では、Aさんの妹さんご夫婦にも協力をお願いしたことで、妹さんがご近所の方を誘ってAさんとお茶飲みや買い物に出かけるなど、Aさん自身がほかの方と交流できる場や、Aさんの行動範囲を広げることに繋がりました。
認知症の方が地域で暮らしていくうえで、フォーマルサービスの調整だけでなく、地域の方々や、ご兄弟などご家族が協力し本人を見守るインフォーマルサービスを上手く活用することが大切だと、私たちも実感しました。
また、Aさんの息子さん自身も、一人で担っていた介護が分担でき、心に余裕がでたようです。
認知症の方は、ご家族や周囲の方の感情に敏感に反応します。ご家族がイライラすればご本人も不安でイライラしたり、感情が不安定になったります。介護者の生活スタイルにも目を向けることで、認知症の方も穏やかに暮らせるようになります。
高齢化率が高い過疎地域では、介助する担い手の不足が懸念されています。また、公的なサービスも限られているのが現状です。退院調整に携わる看護師には、病院の中だけで完結するのではなく、地域に赴き、本人やご家族の暮らしを実際に見て感じることで、どのようなサービス(フォーマルサービスやインフォーマルサービス)が活用できるか、介護支援専門員らと調整していくことが求められています。
【用語解説】
(*1)認知機能の状態を評価するもので、30点中20点以下で「認知症の疑いがある」と評価される。