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健達ねっと>専門家から学ぶ>ドクターズコラム>【動画あり】1.認知症の認知症の権威と語る「アルツハイマー病の新治療薬『レカネマブ』とは」

【動画あり】1.認知症の認知症の権威と語る「アルツハイマー病の新治療薬『レカネマブ』とは」

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プロフィール

新井平伊氏

1953年生まれ。
順天堂大学大学院医学研究科修了。
東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年よりアルツクリニック東京院長。
順天堂大学医学部名誉教授。

山本教雄氏

1978年生まれ。
外資系保険会社を経て、2006年10月 メディカル・ケア・サービス株式会社に入社。
2017年代表取締役社長に就任。
学研ホールディングス取締役医療福祉担当。
公益社団法人日本認知症グループホーム協会理事。

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薬の使い方

新井先生の動画はこちら

アルツハイマー病の新治療薬「レカマネブ」とは

「レカネマブ」とはどういうお薬ですか?

―山本:今日はお忙しい中ありがとうございます。
エーザイとバイオジェンからレカネマブという新薬が登場したのでそれについてお伺いをしたいのですが、ずばり、レカネマブというのはどのような薬なのでしょうか?

新井先生:そうですね、アルツハイマー病の本当の原因はまだわからないのですけども、病気の始まりはアミロイドβタンパクというのが脳の中に溜まり始めてそこがスタートなんですね。
今回の薬は溜まり始めてきたアミロイドβを脳の外に取り出す、脳の中の蓄積を減らすといういわば根本的な治療薬ということですね。

アルツハイマー病の進行を遅らせることができるのでしょうか?

―山本:それが脳の中からなくなることによって、脳の元の状態が再生されるわけではないけれども、進行を遅らせることができるということでしょうか。

新井先生:そう。だからどのタイミングでこの薬を使うかというのが、実は一番ポイントですね。
少しアルツハイマー病の成り立ちを詳しく話すと、アミロイドβタンパクというのはもともと神経細胞の膜にある正常なタンパクなんですね。
その一部である膜タンパクというのは756個のアミノ酸からできている長いタンパク質ですけれども、その一部の40とか42個のアミノ酸と短いものをアミロイドタンパクと言うのです。
これが普通は脳の中を還流している脳脊髄液から血液へ流れ出していくのですが、どういうわけかアルツハイマー病ではそれが不溶性となり水に溶けなくなって塊を作って神経細胞にダメージを与えるという流れになります。

そして神経細胞がダメージを徐々に受け始まると、今度はタウタンパクというもう一つの神経細胞に重要なタンパクも巻き込まれていって、神経細胞の働きがどんどん悪くなり変性してきてそれで死滅するわけです。
だから、神経細胞がある程度元気な段階でアミロイドβを除いた方が良いということになります。

―山本:早い段階でかかわることが大事なのですね。

新井先生:そう。それで質問の答えが少し長くなりましたけれども、再生させるわけではないのですね。
それはもう一つ先のより将来に可能性がある治療といえます。
そのアルツハイマー病の原因、神経細胞にダメージを与える原因になっているアミロイドβタンパクを取り除いて、神経細胞の働きを維持するわけですね。
だから、ある程度進んだ段階で神経細胞がダメージを受けてしまっていると、その段階でアミロイドβタンパクを取り除いてもだめなわけなので、なるべく早い段階のアプローチが必要ですよね。

今回の治験はまあ臨床試験ですけれども初期のアルツハイマー病とMCIが対象なのですね。
発症したアルツハイマー病の方でも軽度障害が対象で、それでもでもむしろ遅すぎるくらい。
やはり発症する前のMCIの方が望ましい。
できたらもっと前の方が望ましい。その段階だと神経細胞がありありと元気な状態で、アミロイドβタンパクがまだ溜まりはじめている頃の方が、有効性はきっとあると考えられます。

その場合の有効性というのがまた難しくて、ドネペジル(®️アリセプト)のような認知機能の改善とか維持できるという効果ではなくて進行をどのくらい抑制できるかということなんですね。
だから、発症する前の段階で使えば、もしかしたら発症を遅らせるとか、発症させないということも可能になってくるようなタイプの薬です。

―山本:なるほど。今はどのような状態の人に投与をしていこうという考え方なのでしょうか?どのくらい前からが望ましいのでしょうか。

新井先生:それは結局エビデンスで考えることですね。
今回アメリカで承認された臨床試験というのは、アルツハイマー病の軽度障害の方とMCIです。
そういうことから今後承認される場合も、臨床試験で使われた対象がそのまま移行するわけですね。それしかデータがないので。

けれども一方では、そのMCIより前の、プレMCI、まあ最近ではSubjective Cognitive Decline、SCDと言うのですが、SCDの段階もしくは健康な段階でもそのリスクがあるような例えばアミロイドβタンパクが脳内に沈着している人とか、そういう人や健康な人の段階で使うという方がより予防効果的には良いだろうと考えられます。

そのような臨床試験が行われ、そのデータが出たならば、今度はそちらも対象になってくる可能性はあります。
しかし、今の段階では、臨床試験がアルツハイマー病の軽度障害の人とMCIの人しかデータがない状況です。
将来は多分もっと前の方が望ましいという話が出てくでしょう。今はデータがないのでそのように考えられます。

―山本:なるほど。これから、もしかしたら広がってくる可能性があるわけですね。

新井先生:そうですね。

―山本:先生、投薬というのは、どういう方法で行うのでしょうか

新井先生:今回は静脈注射ですね。二週間に一度です。

―山本:通院をして点滴を打つような感覚ですね。これは、どれくらいの期間を続けていくような形になるのでしょうか。

新井先生:その辺もいい質問ですよね。

実は現在アリセプト、ドネペジルという薬など四種類ありますね。
それは、先ほどのアルツハイマー病の成り立ちから考えると、神経細胞がダメージを受けてアセチルコリンなど伝達物質が低下してきたのを補充する薬なので対症療法というか症状改善薬ですね。
それは10か月くらいでもう効果がなくなるのですが、今度の薬は効果が継続するのですね。
10か月じゃなくて進行を27%ぐらい抑制するのです。
いままでの薬は10か月で効果が落ちるのですがレカネマブは継続します。

そして、データ上はどのくらいになるかというと、3年間くらい発症を遅らせることができます。
今までは10か月だったのが3年間です。
それでも、やはり臨床的には効果が弱くて、認知機能が右下がりに徐々に低下していくわけです。
本当は平行になりたいわけですね。

今回はまだ第一弾ですから今後もっと効果が高いのが出てくると思いますが、いずれにしても今までのアリセプト、ドネペジル等の薬とは全然違います。
ということから説明で入って結論となる答えなのですが、どのくらい使うかということで言えば臨床試験では18か月実施しました。
その期間で効果が27%です。臨床データとしてはそれをもっと、3年とか4年とかやっていると思うので、そういうデータをもとにしか言えないですが、どの段階で使い始めるかによって変わってきます。
発症前に使ってずっと使っていればアルツハイマー病も軽度障害のレベルで止まるかもしれないし、その辺はこれからのエビデンスの積み重ねになりますね。

―山本:なるほど。そういうものを積み重ねていって、継続的にどの段階からやっていくのかを探るわけですね

新井先生:そうですね。今のドネペジル(®️アリセプト)もどのくらいでやめるかというのが議論になっている薬です。
高度障害まで適用があるけれども、どの段階でやめるかというのは、これはもう医療経済的な判断も入ってきますよね。

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「アデュカヌマブ」と「レカネバブ」の違いを教えてください

―山本:以前にアデュカヌマブという薬もエーザイから出されていて、今回のレカネマブとこの違いというのは、どういった所にあるのでしょうか

新井先生:これもいい質問ですね。
両方ともアミロイドβタンパクに対する抗体ですね。
人工的に作られた抗体です。
アミロイドβタンパクというのは40とか42個のアミノ酸から成る短いタンパク(ペプチドと呼ばれる)です、これがどんどんとぐろを巻いていくようになります。
最後はアミロイド線維というとぐろを巻いたような長い線維になるんです。
これをアミロイド線維、フィブリルと言いますが、その前に少し短いプロトフィブリルの段階があり、その後フィブリルと成長していくわけです。

アデュカヌマブはその長くなったアミロイド線維(フィブリル)に反応する抗体です。
今度のレカネマブは一つ手前のプロトフィブリルと反応します。
色々な基礎研究の結果から判明したのは、神経毒作用が強くて神経にダメージを与えるのはこのプロトフィブリルなのです。

―山本:なるほど。

新井先生:ですから効果も前のアデュカヌマブよりもレカネマブの方がはっきりしており、そのような違いが出ていると想定されています。
抗体でアミロイドβにくっつくけれども、実際アミロイドβのくっつく先はちょっと違います。
レカネマブはプロトフィブリル、アデュカヌマブはちゃんと伸びたアミロイドフィブリルです。

―山本:ちょっと手前のフェーズで取りに行くわけですね。

新井先生:そうですね。それが神経細胞のダメージを救うという感じです。

―山本:なるほど、じゃあダメージの大きいところを先に抑えに行くのですね。

新井先生:そうですよね。そうやって取り組めばより進行は抑えられるのではないかというわけです。

―山本:医療保険の適用ですとか金額について前回より安価という情報はありますが、これも先ほどの期間ということとも相関してくるとは思います。
今のところは年間でどれくらいの費用負担が見込まれるのでしょうか。

新井先生:そうですね、アメリカだと年間350万円で設定されていますね。
日本の今までの例を見るとだいたい、厚労省が半分くらいにするのでしょうね。
アメリカは民間の保険制度が適用されます。なので、いくらでもそれに入って使ってもらえればいいわけです。
日本は国民皆保険制度であり、いわば公的資金になります。
そのため、この薬が財政状況を圧迫しかねませんね。
だからかなり厚労省は渋ると思われます。
アメリカ並みにはいかないでしょう。
そもそも承認するときにそこがいちばん問題になる点です。
それでも、まあ半分以下だろうと予想はされますが。

―山本:そういう意味では対象となる人も、スクリーニングで一定程度絞らなければならないということでしょうか。

新井先生:そうですよね。だって今、MCIとアルツハイマー病の患者さんは全部で800万人とか1000万人とか言われる時代ですから。
アルツハイマー病全員ではなくて、軽度障害の人ですから3分の1にしてもMCIの人と併せたら、それは相当の数になりますから。
それを全部高額の薬によって健康保険を使ったら破綻してしまいます。
そのため、いかにして絞るかというのは難しいですね。

―山本:効果が期待できる段階にある方を、ある程度抽出する必要があるわけですね。

新井先生:そうですね。だから、一つは医療保険の財政状況を圧迫するので絞らざるを得ないのですけれども、医学的に見てもしっかりとレカネマブが有効性を示す群に使わないと意味がないですよね。
しかし、単に健康保険適用の検査だけではアミロイドβタンパクが溜まっているアルツハイマー病というのを確定できない。
アミロイドβタンパクが溜まっていない人に使っても全然意味はありません。
アミロイドβタンパクが溜まるというのが一番優先される条件。
また、別の問題があって、当院などで採用しているアミロイドPET検査というのがこれまた高いわけです。
検査薬だけで25万円もします。
そこでアミロイドPET検査自体も保険適用にするかどうかというのもまた問題になってくるでしょう。
おそらく検査薬もそれからPET検査自体も安くさせられると思います。

その時参考になるのがFDG-PET検査というがんのPET検査ですね。
あれが保険で9万円くらいですかね。
それよりは特殊性が高いのですが、でもそんなに違わない値段に設定されるのではないかと思うと、検査薬を作る会社は大変だろうなと思いながら見ていますけどね。

いずれにしても安くなってもそれなりの値段なので、それをアルツハイマー病の人全員にやったらこれは破綻してしまうわけですね。
そのFGB-PET検査のがんの適用というのはかなり絞られています。
がんが確定した人、がんになった人の転移が疑われるとかかなり絞られています。
それでもいろいろたくさん普及してはいます。
しかしこのアミロイドPET検査が普及すると、保険制度が破綻するだろうという危惧があります。
そのため、それに代わる代替検査として血液検査か脳脊髄液検査が広まりつつあります。おそらく数万円台になるのでしょうか。

新井先生:脳脊髄液自体の検査はアミロイドβタンパクとタルタンパクの比率などである程度確立しています。
血液検査の方は脳を調べるには遠い場所になるわけだから信頼性は薄くなるわけですね、脳の中を予測するわけですから。
血液は島津製作所のノーベル賞を受賞した田中さんたちが高度な機械で質量分析してアルツハイマー病に特徴的なパターンを見つける技術を開発しました。
あとは外資系の会社が作っていますが、血液検査でアルツハイマー病としての予測をつける方法です。
でもここでのポイントは、アルツハイマーかどうかの判断はアミロイドPET検査結果で決めているので、つまり血液検査や脳脊髄液検査でアミロイドーシスPET検査の陽性(異常)をどの位予想できるかという意味だけなんですね。
そして、血液検査などでアミロイドPET陽性が8割から9割予測できるということなんで
アルツハイマー病かどうかじゃなくて、アミロイドPETの陽性かどうかがその割合で予想できるという意味です。
この問題はあとで述べるとして、この血液検査であれば、高くても数万円でできるかなという感じです。国はたぶん保険適用で承認すると思います。

―山本:では、スクリーニングの最初のプロセスは血液検査で、その対象者を抽出するというような流れでしょうか

新井先生:そのような流れになると思います。
それで治験を実施となるのではないかな。だって、そのうえアミロイドPET検査というとまたお金かかるじゃないですか。

―山本:そうすると血液検査をやって、さらにアミロイドPET検査ということはなさそうだということですか。

新井先生:それはだから……それも経済的な問題ですよ。
医学的にいうと絶対アミロイドPET検査の方がいいわけです。

―山本:確定診断ですね。

新井先生:もう一つ問題があるのは、承認された後に本当にその有効性がどうかという第Ⅳ層の治験(市販後調査試験)があり、そこで再評価となるのです。
そうするとその試験後の有効性が臨床試験の時とどのくらい一致するかどうかが問われ、その段階で一致せず有効性が悪ければ承認取り消しもありうる訳です。
だからその第Ⅳ層試験というのが大事ですが、その時に医療経済的にアミロイドPET検査だと高額だから血液検査だけで済ませたとすると正解率が8割から9割になる可能性があります。
アミロイドが溜まってない偽陽性(false positive)という可能性が出てきます。

false positiveの人に投与しても効果は期待できない。
臨床試験の時にはアミロイドPET検査で対象を絞って実施したからはっきりとした効果が出たかもしれない。
しかし、第Ⅳ層試験になったら、血液検査だけで対象者を決めたら実は不均一な人に使い始めるようになり、本当にその有効性のデータが信頼できるかというと疑問が残るかもしれません。
その第Ⅳ層の時にはアミロイドPET検査できちんとやればいいんですけど、血液検査とか髄液検査だけで対象者を決定すると偽陽性の問題などがあり得られたデータの信ぴょう性が問われることもあるかもしれません。

―山本:どちらかというと効果がその分、薄まる可能性があるということですか。

新井先生:そう、医学的に言うと薄まる可能性がある。
厳密に言うと医学的なデータとしてはそういうことですね。でも医療経済的にスルーせざるを得ないのかなというのが日本の実状だと思います。

―山本:因みにこの投薬を続ける中で、抗体への負荷とか副作用というのはあるのでしょうか。

新井先生:これは根本的な治療、要するに抗体免疫療法ですけど、いろいろな抗体の治験を行っていて、それを最初から注意していました。
今回のレカネマブは、今までの中では一番、エリート中のエリートなので副作用は軽いと言えます。副作用としては血管に出る可能性があります。
血管にもアミロイドβタンパクが沈着しているので、そこのアミロイドも取り出すので血管がちょっと脆くなることがあります。
そうするとその周りに血漿、血液の中の水分、成分がしみ出して血管周囲に水が溜まっている軽い脳浮腫のような状態になります。
それが一番の副作用で出血は少ないですね。

ただ、今回は1,800人の治験として実施し亡くなった人は2名くらいです。それはもう実態としては極めて少ない数です。
あと脳浮腫が出た場合は一旦中止して、フォローアップし経過観察すると何事もなく収拾、終息する。
その段階でまた始めて問題ないということなので副作用としては今までの中でも一番軽い方だと思います。

しかし、ヨーロッパで特にこの免疫療法、抗体療法の印象が悪いのは、最初の臨床試験で脳炎を引き起こしたのです。フランスで亡くなった方が出て、この抗体療法というのは非常に危険だというので治験が中止になりました。そういう歴史があってこの抗体療法と脳炎とか脳浮腫というのは研究者や製薬メーカーが敏感になってしまったということです。

でも、今回はその1,800人の中を見ると、今までの薬の中で一番順調にフォローアップできてリスクは低いと言えます。
それに加えて、ベネフィットは今までの免疫療法の中で一番クリアなベネフィットです。
アデュカヌマブの時にはデータがやや信頼性が悪く、二つの臨床試験が一致せず、例えば有意差があって有効性があるとか、有効性がないとか判断が分かれました。
また、治験の途中で高濃度の分を増やしてそれによって有効性が出たというように疑問視されて、アメリカではアデュカヌマブが承認されたけれども、ヨーロッパではこれもいわゆる学問的だけではなく経済的なものでもあると思うけれども却下されて、日本は得意の玉虫色のエンディングでしたね(笑)

―山本:継続審議になりましたよね(笑)

新井先生:継続審議にということは実質却下ということでしょうけれども(笑)。

今回のレカネマブはデータがものすごく綺麗です。
主評価項目1つと副評価項目が4つか5つあるのですが、全部プラセボよりも有意差を持って綺麗に出ています。
このデータは要するにベネフィットの部分ですけれども、これはもう疑いがないはっきりとしたデータです。統計学的に有意差があると言えます。

そしてリスクは1,800人観察し問題はなかったのでアメリカでも今回承認されました。
アデュカヌマブの時にはFDA委員会の委員が辞任したなどいろいろバタバタしたことがありましたけれども今回はそういうニュースを聞きません。
今回ははっきりとしたデータでありベネフィットがはっきりとしていてリスクはそれほどではありません。今回は学術的に、科学的にも本当にいいデータです。

―山本:家族がその治療を受けたいという時や、ちょっと認知症の傾向があるので、ぜひその治療に臨みたいという思った時にどういうプロセスを取れば良いのか、どこに行けばその治療が受けられるのでしょうか。

新井先生:そうですね。その辺もある程度ガイドラインが出来ると思います。

僕は専門医が投与しなければいけないと縛ることは間違いだと思います。
専門医として日本認知症学会や日本老年精神医学会が専門医としては一番中心的で他にもいくつかの団体が認知症関連専門医を認証してますけども、本当は内科医の先生が使えるようにしないといけないと思います。
というのは専門医の数は限られています。
心配になったらご家族やご本人がどこでも行けるようなルートを作るべきだと僕は思いますけどね。

どこに行かなければいけない、専門医のところ行かなければいけないというのはちょっとどうかと思います。
制限するためにやるとか学会の力関係とかありますからね。大事なことはさっき言った通り副作用ですよね。
血管周囲の浮腫みたいなのが起きていないかとか、投与して何ヶ月かに一度はMRI検査を行い専門医が評価することをやるべきだと思うけど、投与から全部まで専門医がっていうのはちょっとやりすぎかなって思います。
誰でも受けられるような、広く内科医の先生が使えるようになることが僕はいいと思いますね。

―山本:先生、先ほどのスクリーニングで血液検査というアプローチがありましたけれども、例えばAIによって様々なことも分かりますか。会話や言葉の使い方や話し方でMCIをスクリーニングすることなどですね。
AIの登場で、例えばアミロイドPETの陽性との相関を見出すようなそういったテクノロジーというのも出てくるのでしょうか。

新井先生:そうですね、これから出てくるでしょう。
スクリーニング自体は私たちもAIを使って検討しているプロジェクトもあるのですが、AIは現在いろいろありますね。
話し方とか表情とか歩き方とかみんなやっていますけど、結局限界があり8割とか9割は超えないですよ。
100%にはならないのですよ。
数を増やせばスクリーニングとしては成り立つでしょうが、ここで正常と出たからといってアルツハイマー病ではないということにはならない。
偽陰性の問題がありますからね。

―山本:もしかしたらその血液検査以外のアプローチが、その診療現場の一つのスクリーニングのアプローチで入ってくるということはこの先あり得ますか。

新井先生:それはあり得るでしょうね。
だから同じぐらいの血液データ、それから脳脊髄液データの信頼性と妥当性がまだ8−9割なのであくまでもスクリーニング方でしかあり得ないけど、アミロイドPETと100%近い割合で結果が一致すれば、それは合格ですね。

―山本:相関が得られれば。

新井先生:そうそう、単に相関でなく、非常に高い相関。

―山本:データとしてきちんとした精度で出れば良いのですね。

新井先生:そうそう。データがきちんと出ればアミロイドPETも脳脊髄液検査もしなくてもということもあり得ますよね。
それはもうあくまでもサイエンスなので、AIだったらあり得るでしょう。

―山本:ちなみに先生は、今回のこのレカネマブが出てきた時、どういう印象とかインパクトを受けましたか?

新井先生:例えるならば二つあります。
一つはアデュカヌマブの時には、まだ暗いのだけど夜明けの一条の明かりが見えたようでした。
今回は一条どころか、周りを明るく照らすぐらいの夜明けになったかなという気がします。
もっと言うと、アルツハイマー病は1906年にドイツの精神科医の教授がアルツハイマー病を最初に報告したのですが、これ以来の歴史の中でいうならば、人類の歴史上で月に人間が行き第一歩を踏み出したぐらいすごく大きな出来事です。

―山本:それだけの大きなインパクトがある結果、出来事だったという。

新井先生:ええ、それくらいのイメージを持っています。
一歩も一歩、大きな一歩です。もちろん、その途中にアリセプト(®️ドネペジル)の誕生とか、老人班というのが脳の中に溜まりこの成分は何なのかというとアミロイドβタンパクというのが90年代以降わかってきたという大きなエポックメーキングもありますが、今度のレカネマブは一番大きなことだと思います。

―山本:なるほど。そういう意味でも、結果としても非常に有効だった。
専門医の中でもそのような受け止め方だったということですね。

新井先生:そう、人によっていろいろな受け止め方がありますが、私も100%これをいいとは思えない部分もありますよ。
そもそもアミロイドβタンパクが原因かというとなかなか信じられない部分もあります。アミロイドβタンパクはもともと脳の中にあり、例えば脳梗塞や頭部外傷になると、ぱっと脳の中に出てくるのです。
だから、最初は正義の味方ですよね。

―山本:何かと戦っていたりするわけですね。

―山本:何かにプラスの力を与えているという存在でしょうか。

新井先生:そうそう、それがどこかで逆転して神経毒になってしまいますのでね。

―山本:過剰に蓄積しすぎるといけない。

新井先生:例えば細菌などと闘った白血球の残骸が膿なので、そのようなものかなと思ったりしますけどね。
けれども膿はあまり悪さをしないけど、アミロイドβは悪さをするのですね。
ただ、そこは疑問点があるのです。アミロイドβ仮説が今一つ確信を持てなかった理由の一つには、今までの抗体免疫療法が失敗してきたという事実もあります。
アミロイドβを脳内から減らしても臨床的には症状に変化がない(これまでの治験の結果)ということからです。

ただ、まだ議論の余地があって、アルツハイマー病発症の段階では神経細胞がダメージを受けている状態であり、いくら火を消そうとしても火事場の焼け跡と同じなので、やはりもっと早い段階でアミロイドβの抗体を使えば効果はあるというところが議論の分かれ目でした。
アデュカヌマブでも証明されていましたがアミロイドβは減ります。
今回のレカネマブでアミロイドβが減ることは確かです。
それに加えて、臨床的にも進行が抑制されたというところがある。
繰り返しになりますけど、今回は科学的に見て万人が認めざるを得ない。
ただやはりアミロイドβはなぜ溜まり始めるのかというその根本的原因はわかっていませんけどね。

―山本:そのメカニズムはまだなのですね。

新井先生:そう。そこがわかり始めれば今度はそちらの治療の方がいいわけです。
ただ、アルツハイマー病の病気の成り立ちは、今のところこのアミロイドβタンパクが脳の中で溜まり始めるというのが最初のスターティングポイントです。
そこから全部始まるというのが紛れもない事実です。
なので、今のところレカネマブのような治療法は一番根本的な治療です。

―山本:今、製薬会社でもいろいろな薬が開発されていると思いますが、先生がご存知の有効性が期待できそうだという薬はありますか。

新井先生:今、大きく分けて二つありますね。
一つはアミロイドβタンパクの沈着からその次にタウタンパクが巻き込まれてきます。
タウタンパクが巻き込まれてくると、神経細胞がどんどん変性してきてタウタンパクが巻き込まれる辺りから認知機能が低下していきます。
そしてアミロイドβの変化というのがプラトーに達するのですけど、溜まり始めてプラトーに達した辺りから今度はタウタンパクが巻き込まれて認知機能が低下して神経細胞にダメージが起きてきます。
このタウタンパクの巻き込まれるのを防ぐことができれば、神経細胞のダメージはアミロイドβが溜まっても大丈夫なのです。
アミロイド仮説の中ではより下流ですが、このタウタンパクに対する免疫療法はかなり有望でそこで止めた方が良い結果が期待されます。
結論の一つとして有望なのはタウタンパクに対する免疫療法ですね。

もう一つは、神経細胞のエネルギー代謝ですね。
要するに神経細胞がダメージを受けてきますが特に糖ですね、グルコースを上手く使えなくなるというのがアルツハイマー病の神経細胞の特徴です。
グルコースを上手く使えないというのは糖尿病と同じです。上手くグルコースを使えないなら糖尿病の薬がアルツハイマー病の神経細胞変性にも効くのではないという仮説があり、今それは世界規模で臨床試験が行われています。
第Ⅲ層まで行っているので臨床結果が出れば、それこそ別のタイプの治療法として申請があるかもしれない。
それはアミロイドβよりも神経細胞のエネルギー代謝を良くして変性を防ごうという薬なので、アミロイドβを作らないようになるのかもしれないですよね。
つまり、臨床試験はアミロイドβ一辺倒ではなくてそういうのも良いのではないかという、これにまた期待は持っています。

―山本:そう考えるとこの5年か10年くらいのスパンでアプローチとしていろいろな選択肢が出てくる可能性があるということでしょうか。

新井先生:そうですね。

―山本:なるほど。

新井先生:ただ僕が今のところ一番期待するのはレカネマブですね。
次から承認されるようなのはもっといいデータでないと承認されないと思います。
レカネマブは27%の進行抑制ですけれど、もっといい薬が出てきて40%や50%も止めるようなそういう薬が出てくればいいなあというのが一つ。
もっと言うと、実はこの免疫療法というのは、人に適用して人工的に作った抗体です。抗体を打つので静脈注射です。
私が期待するのは、抗原を注射すると自分の中で抗体ができるようになる。
そちらの方が根本的です、麻疹でもなんでも弱毒化した抗原を打つわけです。
コロナでもそうですよ、自分で抗体を作るわけでそちらの方がいいわけですね。
このアルツハイマー病に対しても最初はアミロイドβタンパクを打って抗原を作るという治療法が開発されました。
でも、その効果が今一つだったこともありそれ以来、抗原を打つ治験、薬は開発されていないです。
しかし、本当は一回打って抗体作った方がいいわけですよ。

―山本:まあ持続するということですね。

新井先生:そうそう。本当はそちらを開発してくれないかなと思いますけど、それはなかなか製薬会社はやらないですよ。
だってわかるでしょ(笑)

新井先生:製薬メーカーの生命線である安全性の問題もあるでしょうね。
最初はね、アミロイドーシスβを体に注射するワクチン療法が試されたんですけどね。

―山本:予防接種的な感覚ですね。小さい時の予防接種と同じで打っておきましょう、みたいなプロセスの一つになるわけですね。

新井先生:そうです。もしくは、40歳になったら打つとかですね。臨床家としてはそちらを開発した方が理想的かなと思います。

―山本:確かに、一回一回静脈注射を打ちに通ってとなるとどうしてもその時間とか煩雑さが気になります。
自分の通いやすいところで手軽に継続ができないということもそうですし、飲み薬という先ほどのお話もやはり。
そのような簡便に取り入れられるという治療にかかわる負担というのも大事です。

新井先生:やはり当事者のことを考えるとそうですね。

ただ、この場合の安全性の確立には相当な年月を要することになると思うし、ちょっと病院の収入の心配も一応あるけどね(笑)

―山本:(笑)先生の一番ハッピーなのは、そういう事が本当にできることですね。

新井先生:できたらいいね。

―山本:患者が少なくなってむしろ、予防のために来るのはいいけれども、診察や診断をすることができるだけ少なくなっていくということですね。

新井先生:そう。そうするとアルツハイマー病の数や発症する人は減るわけです。
でもゼロには絶対にならないと思うので、そうなってしまった人には早く治療を行いたい。
その方がよほど重点的に治療できるだろうという理想がありますね。
さらにその次は、再生って先ほど質問されていましたが、再生医療で神経細胞のダメージを受けた細胞をipsでも何でも使いもう一回作り直そうかというのも出てくるわけです。
あとは昔から言われる脳移植や神経細胞の移植ですね。

新井先生: SFみたいな再生医療は高次の大脳皮質の病気に対しては難しいですね。
運動系の脊髄損傷とか、そういうのにはいいかもしれないね。
まあ、いろいろ夢を考えるけど脳に関しては難しいかなと。

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アルツ・クリニック東京・順天堂大学医学部名誉教授

新井 平伊あらい へいい先生

日本老年精神医学会専門医・指導医
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