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健達ねっと>専門家から学ぶ>ドクターズコラム>認知機能を良好に保つ“認知レジリエンス”とは

認知機能を良好に保つ“認知レジリエンス”とは

東京慈恵会医科大学附属第三病院 精神神経科教授

布村明彦 先生

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アミロイドβが蓄積しても、認知症にならない?

認知症の最大の原因疾患はアルツハイマー病であり、全認知症の60~70%を占めます。
現在、アミロイドβをはじめ、脳に蓄積するタンパク質をターゲットにして脳病理(すなわち、解剖した脳を顕微鏡で調べたときに認められる異常構造)を取り除こうとするアルツハイマー病治療薬の開発に、大きな期待が寄せられています。
一方、もし脳病理に対する防御能が本来、我々に備わっているならば、そのメカニズムの解明や、活性化する方法の開発にも十分な関心が払われるべきです。

アルツハイマー病に相当する脳病理(老人斑〈アミロイドβ蓄積〉や神経原線維変化〈リン酸化タウ蓄積〉)が認められても、認知機能が正常に維持されている高齢者の存在は、「100歳の美しい脳」(デヴィッド・スノウドン著、2004年)で紹介されたナン・スタディ(アメリカで行われた修道女を対象とした研究)をはじめ、剖検脳(*1)を調べたいくつかの研究によって以前から知られていました。
高齢になっても認知機能が保たれている脳は、[図1-A]のように、脳病理がほとんどない場合に限られません。
[図1-C]のように、脳病理形成が認められる、つまりアミロイドβなどが蓄積しているのに認知機能が正常に保たれている高齢者が、確実に存在するのです。
すなわち、脳病理に対して「認知レジリエンス」が働いているために、認知機能が低下しないと考えられます。

[図1]

この現象は、後期高齢者の脳においてまれではないことが、近年発展したPET画像(*2)や、脳脊髄液によるバイオマーカー研究(*3)でも裏付けられました。
驚くべきことに、80歳以上の高齢者のうち、実に約50%にそれが認められると指摘されています。

最近の研究では、 96歳で亡くなるその4か月前には認知機能が正常であったにもかかわらず、剖検脳において、アミロイドβの沈着進展度は第5期(最重度)、神経原線維変化の進展度は第4期、レビー小体病理も第4期など、高度の複合的な脳病理が確認された症例も報告されています。

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認知レジリエンスが高いと、認知機能が保たれる

 「レジリエンス」は、一般的に「復元力、回復力」などと訳されます。
もともとは物理学分野の用語で、外力(外から加えられた力)によって歪みが生じた際に、その外力に抗って元に戻ろうとする力を意味します。
近年では、心理学の分野で「困難に直面した際にそれを跳ね返す力」の意味や、「いったん発病した状態から回復する過程」の意味で使用されています。

この魅力的な用語は認知神経科学にも取り込まれ、脳病理が存在しても認知機能を良好に保たせるメカニズムを「認知レジリエンス(cognitive resilience)」と呼びます。
つまり、脳病理のレベルがあるレベルに達したとき、認知レジリエンスが低い人は認知症になってしまうけれども、認知レジリエンスが高い人の認知機能は保たれる、というわけです。
 「認知予備能」、「脳予備能」、「脳維持能」など、認知レジリエンスと類似の学術用語がいくつか挙げられます。
これらの概念の確立を国際的にリードしている、米国コロンビア大学のスターン教授らは、2023年の最新の論文において、これら類似の概念を包括する用語として認知レジリエンスを提案する、と述べています。

認知レジリエンスを増強するには、ライフスタイルの見直しも大切

 認知レジリエンスと関連する要因について、(1)脳の形態学的な観点からの研究、(2)脳の機能分子的な観点からの研究、(3)遺伝学的な観点からの研究、および(4)ライフスタイルの観点からの研究が行われてきました。
これら(1)(3)の研究から、「神経細胞を保護・成長させる因子」、「神経細胞同士の連結を高める因子」、「抗炎症・抗酸化因子」、「血流をよくする因子」などが、認知レジリエンスに共通する要因として浮かび上がってきました。
これらの代表として「転写リプレッサーREST」や「神経栄養因子ニューリチン」など、今後注目される機能分子が認知レジリエンスに関わっていることが解明されています。

これらは一つひとつ非常に興味深いものですが、ここではとくに(4)の“ライフスタイル要因”にスポットライトを当てたいと思います。
というのは、ライフスタイル要因は、誰もが手が届くレジリエンス増強法につながり得るからです。
ライフスタイル要因は、人生の早期段階から関わってきます。
なわち、高い教育レベルが認知レジリエンスを増強すると考えられています。
また、高齢期においては、身体活動量が多いことや運動能力が高いことが、脳病理のレベルに関係なく、高い認知機能と関連することが明らかにされています。
さらには、認知症予防のために考案された食事法であるMIND食(健達ねっとコラム認知症を予防できる食事とは?予防できる食べ物や食事方法を解説します。 参照)、あるいは深いノンレム睡眠(健達ねっとコラム適切な睡眠で、認知症から脳を守る参照)が、認知レジリエンスの増強に寄与する可能性も示されています。

まとめると、十分な知的活動と運動、健康的な食事、ならびに良質な睡眠が、認知レジリエンスを増強させ得ると考えられます。
結論から見れば、認知症予防に王道なし、といったところですが、これまで認知症の危険因子研究から指摘されてきた生活習慣上の要因が、認知レジリエンスの観点からも重要であると確認されたことは注目すべきです。

(*1)剖検脳:病理解剖した脳。
(*2)PET画像:アミロイドPET画像やタウPET画像では、アミロイドβやタウ蛋白の蓄積度を調べる。
(*3)脳脊髄液によるバイオマーカー研究:脳脊髄液を解析し、アミロイドβやタウ蛋白などの濃度を調べる。

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