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【ドクターズコラム】作業療法からみた認知症予防

東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 教授

大嶋 伸雄 先生

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本人の”できること”を増やして、健康的な生活を送れるようサポートする

「作業療法」は、通常の医療サービスのように、薬や手術で患者さんのけがや病気を治すものではありません。患者さんが自分自身で動くこと、つまり自分自身でさまざまな動きや活動をしてみることで、けがや病気、障害などで動きにくくなっていた身体が動くようになったり、それによって気分が変わったりする体験を促すためのものです。

ちょっと難しい表現になりますが、作業療法の「作業」とは、物作りの作業ではなく、「生活行為」です。自分で自分の身の回りの生活動作を行ったり、余暇活動をしたり、家族の食事の準備や洗濯など、他人のための活動(これを「役割」と呼びます)をバランスよく行うことで、健康的な生活を維持することができます。「仕事は最良の医師である(ガレノス:129年頃 – 200年頃)」という比喩がよく当てはまる療法なのです。

さまざまな病気や障害を抱えて、日々の生活に大変困っている、という方が大勢います。しかし、そうした方々でも、実はまだまだ多くの運動や動作、活動が可能で、自分自身で生活を改善できる力も持っています。

作業療法士は、そんな患者さんや対象者の健康上、生活上で必要な指導と援助を適切に行う専門職です。具体的には、カウンセリングを用いて必要な活動を促し、病気や障害の改善と予防を行ったりします。

また、作業療法士は、精神科なども含めた一般医療のリハビリテーション・サービスや、障害がある方の社会復帰支援、または、学校・行政などのサービス分野にも従事し、幅広い活躍をしています。

※画像はイメージです

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作業療法による「活動」を通じて脳を刺激し、認知症の予防に役立てる

この作業療法は、認知症の予防にも役立てられます。作業療法から見た認知症予防の基本として、まず脳を活性化し、脳の機能を健康に保つことが何よりも重要です。具体策としては次のようなことがあげられます。

家事、趣味活動、ボランティアなどから、好きな活動を生活の中心にすえる

歳をとればもの覚えが悪くなったり、記憶したことを忘れがちになったりするのは当たり前です。そうした脳の働きにとって、変化の少ない日常や、人と会わない生活、とくに会話のない日常生活は、認知症予防の大敵です。

そこで脳の機能を維持し、心理面でも十分な充実感を得るため、家族のために家事をしたり、友人同士で協力して趣味活動を行ったり、ボランティアを行うなど、「他人の役に立つ」という役割意識がとくに重要になります。こうした活動により変化に富んだ生活で、感情、そして脳によい影響を与えることは、何よりの認知症予防につながります。毎日必ず、好きな活動、やらねばならない活動を生活の中心に取り入れるとよいでしょう。

“得意”を活かした活動を選択する

計算が得意な方、漢字の書き取りが上手な方、さらには書道や俳句、川柳など、自分が好きな活動を継続して行っている方は、常に脳へ適切な刺激を送っています。脳は、そうやって継続的に使わないと、機械のように錆びついてしまいます。得意なことがあれば、それを活かせる活動を生活の中に取り入れてみましょう。

ただし、高齢になってから新しい活動を始めようとしたり、面白そうな活動を選択したり実行したりするのは、そう簡単ではありません。そんな場合、家族など周囲の人に、対象者の方との会話を通じて、本人が昔行った経験があることや好きだったこと、あるいは得意だったことを思い出せるよう(カウンセリング的に)お手伝いしてもらう方法がおすすめです。高齢になると過去の記憶が曖昧だったりしますが、周囲の人は、昔の若い頃の写真などを見せながらヒントを与えて、徐々に記憶の引き出しから「活動」を誘導してあげてください。

適度な運動や、身体の関節を伸ばす「ストレッチ」を毎日実施する

運動は、脳へ直接的な感覚刺激を送るために最適な方法です。毎日散歩するだけでも効果がありますし、買い物へ出かけるなどの目的をもった活動でも同じ効果が得られます。ただし出かける場合、ただ行って帰ってきただけで終わるのではなく、「今日はどこに行って何をしてきたか」を振り返ることを忘れないでください。「運動+記憶」は、脳に強い刺激を与えます。

また、単純に歩くだけではよい運動とはいえません。運動の前後には、必ず体操やストレッチで全身の筋肉や関節をほぐす習慣も身につけてください。全身の関節を意識することは、脳が自分自身の身体全体をしっかりイメージすることにも繋がります。

周囲が“やること”を奪うと、「うつ」から「認知症」へつながることも

高齢になるとただでさえ、“うつ”的な考え方(うつ的思考)に陥ることが増えてきます。高齢者のうつは、認知症の入り口とさえいわれる重要なサインです。言い換えると、うつをうまく予防できれば、認知症への進行を遅らせることができるということです。

高齢になると「何もすることがない」という方が増えます。または、することやできることはあるが、家族がそうした活動を危険だと思い込んでしまい、本人からそれを奪ってしまう場合があります。その結果、高齢者に「自分は社会(家族)にとって何の役にも立たない存在だ」と感じさせることは、うつへの進行を加速させるようなものです。家族など周囲の人は、「危険だからやめさせよう」ではなくて、「いかにしたら安全にできるか」を一緒に考えてあげてください。

人間は何かに夢中になり、「やること」があれば、活き活きとした生活が送れます。反対に何もやることがないと、自己効力感(やればできるという感覚)が低下して、普段から自分の内面だけに注意が向いてしまいます。その結果、心は常に不安定になりがちです。さらに強い不安が蓄積すると、うつの入り口へと移行してしまいます。周囲の人は本人の意思を尊重して、できることはできるだけ本人に任せることが大切です。

※画像はイメージです

ここまでお話ししたことを踏まえると、認知症を予防するためには、心と身体の生活バランスを考え直すことが大切です。バランスのよい健康的な生活とは、

  1. 自分自身の身の回りのこと(食事、整容・入浴、トイレなど)は自分で行う
  2. 余暇活動(手工芸・絵画・俳句などの趣味、さまざまな遊び、旅行・散歩、友人との語らいなど)を定期的に行う
  3. 役割活動(家族のための家事、外での友人へのお手伝い、ボランティアなど)があれば定期的に行う
  4. 運動・体操(ストレッチ)など、①②③以外をできるだけ毎日行う

以上をバランスよく配置して、できるだけ毎日行うことが重要となります。

作業療法のやり方がわからないときは、”日記”をつけることから始めてみる

作業療法の観点から、認知症を防ぐためにおすすめの日常生活と活動をここまで紹介しましたが、なかには「どんな活動をすればいいのかわからない、自分ではなかなか選べない」という方もいると思います。

その場合、まず字を書くことと字を読むことが可能であれば、認知症の予防策として目に見えるような、効果がよくわかる活動があります。それは「日記」です。

日記の書き方についてはまったく自由です。最初は、毎日の簡単な感想を数行から、または、天気や食事の記録だけでも構いません。文章は気分や状況に応じて、徐々に増やしていければ大丈夫です。可能であれば、スマホの写真を見ながらその感想を書いてみる方法もありますし、また、絵日記などさまざまな題材を利用することも可能です。

日記における認知症の予防的な要素は、

  • 漢字……文字の記憶想起
  • 文……文章を考えるための短期記憶力の賦活
  • 文字を手で書く事の運動効果……脳への刺激

などで、枚挙にいとまがないほどです。とくに、思考をフル活動させて脳の機能維持に貢献するほか、日記を書くことで自分自身への自己効力感(やればできるという感覚)を満足させ、自分の日常を自分で管理できているという満足感にも繋がります。

また、困ったことや不安なことを記述することで、本人が知らないうちに自分で自身にカウンセリングできる「セルフ・カウンセリング」の仕組みなども含まれています。こうした日記による活動は、日常の不安を軽減し、認知症への進行を遅らせる効果が期待されています。

いかがでしたでしょうか。作業療法を入り口に、認知症の予防にぜひ取り組んでみてください。

東京都立大学大学院人間健康科学研究科教授 東京都立大学健康福祉学部作業療法学科教授

大嶋 伸雄おおしま のぶお先生

日本作業療法学会
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日本神経心理学会

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