スポンサーリンク
抗アルツハイマー病効果を強く示したポリフェノールがある
認知症の原因疾患の過半数を占めるのは、アルツハイマー病です。
食品に含まれるポリフェノールは抗酸化作用などの抗認知症効果が期待されており、わたしたちは食品に含まれるポリフェノール類の抗アルツハイマー病効果について、試験管内モデルおよび動物モデルを用いて検討し、明らかにしてきました1)2)3)。
また、わたしたちはもっとも強い抗アルツハイマー病効果を示したポリフェノールである「ロスマリン酸[図1A]」に着目し、それを豊富に含む「レモンバーム(Melissa officinalis)[図1B]」の抽出物から、カプセル[図1C]を作成しました。
[図1A]ロスマリン酸(構造式)
[図1B]レモンバーム(写真)
[図1C]レモンバーム抽出物カプセル(写真)
まず、健常者にレモンバーム抽出物カプセルを投与し、安全性と薬物動態を確認した後4)、アルツハイマー病患者さんを対象に、48週間の連続長期投与の安全性と有効性を検証しました5)。
そして、非認知症高齢者を対象とした、96週間連続投与の認知機能に対する有効性と安全性検証のための臨床試験を行いました6)。
本稿では、アルツハイマー病患者さん、および非認知症高齢者を対象にした臨床試験について概説します。
スポンサーリンク
アルツハイマー病患者さんが対象の試験では、行動・心理症状が改善
アルツハイマー病患者さんを対象にしたポリフェノールの臨床試験では、60歳以上で診断基準を満たす、軽度のアルツハイマー病の患者さんを対象にしました。
適格基準を満たす方を、実薬群またはプラセボ群にランダムに割りつけ、ロスマリン酸含有レモンバーム抽出物を24週間連続投与しました。
〈主要評価項目〉は、ロスマリン酸含有レモンバーム抽出物 (ロスマリン酸として500 mg/日)の長期投与の安全性と忍容性、〈副次評価項目〉は、認知機能や認知症の行動・心理症状(認知機能が障害されることで生じることのある、さまざまな症状。妄想や幻覚、不安、睡眠障害など)に対する有効性としました。
本研究の実施にあたっては、金沢大学医学倫理審査委員会(932号)の承認を受けました(臨床試験登録:UMIN 000007734)。
本試験では、23名の参加者が実薬群(n = 12、女性41.6%、年齢73.4±5.0歳)またはプラセボ群(n = 11、女性54.5%、年齢72.4±7.5歳)に割りつけられました。
試験期間中に参加を中断したのは3例(実薬群2例、プラセボ群1例)で、介護施設への入所や、家族の研究参加意欲低下が理由でした。
有害事象の発現頻度(実薬群41.6%、プラセボ群45.5%)および血液検査(肝・腎機能、血算)には、実薬とプラセボ群との間で有意差を認めず、〈主要評価項目〉である長期投与の安全性については、とくに問題ないと考えられました。
服薬率は実薬群、プラセボ群でそれぞれ77.42%と87.45%であり、忍容性は良好でした。
〈副次評価項目〉では、投与24週時点の認知症の行動・心理症状の検査スコア(Neuropsychiatric inventory: NPI)が、ベースラインと比べて実薬群で0.5ポイント改善していたのに対して、プラセボ群では0.7ポイント悪化しており、統計学的にも有意な差を認めました。
なお、NPI下位項目の解析では、「易怒性/不安定性」のスコアがとくに実薬群で改善がみられました5)。
主観的認知障害または軽度認知障害の人が対象の試験では、一部に対して認知機能低下抑制効果が
非認知症高齢者を対象にしたポリフェノールの臨床試験では、65~79歳で主観的認知障害、または軽度認知障害の診断基準を満たす方を対象にしました。
適格基準を満たす対象者を、実薬群またはプラセボ群にランダムに割りつけ、ロスマリン酸含有レモンバーム抽出物 (ロスマリン酸として500 mg/日)を96週間連続投与しました。
認知機能に対する有効性評価については、Alzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive subscale (ADAS-cog)、Mini-Mental State Examination (MMSE)、およびClinical Dementia Rating Sum of Boxes (CDR-SB)という3つのスケールを用いました。
〈主要評価項目〉は、ベースラインからの48週後または96週後までのADAS-cogスコアの変化量、副次評価項目にその他の認知機能検査の変化量を含めました。
本研究は金沢大学医学倫理審査委員会(8013号)の承認を受けて実施しました(臨床試験登録:jRCTs 041180064/UMIN 000021596)。
本試験では、323名の参加者が実薬群(n = 162、女性65.4%、年齢71.5±4.1歳)またはプラセボ群(n = 161、女性64.5%、年齢71.6±4.2歳)に割りつけられました。
試験期間中に参加を中断したのは47例(実薬群22例、プラセボ群25例)でした。
〈主要評価項目〉のADAS-cogスコアの変化量については、実薬群とプラセボ群で有意な差を見出すことはできませんでした。
〈副次評価項目〉のMMSEとCDR-SBについても、参加者全体では実薬群とプラセボ群間で有意差は見出せませんでしたが、高血圧のない高齢者においては、96週時点におけるベースラインからのCDR-SBスコアの変化量について、実薬群のスコアは0.006改善していたのに対し、プラセボ群ではスコアが0.085悪化しており、有意にロスマリン酸含有レモンバーム抽出物の認知機能低下抑制効果が観察されました6)。
安全で安価な認知症予防として、ポリフェノールが役立つ可能性がある
ポリフェノールは、一般に抗酸化作用が強く、動脈硬化など生活習慣病の予防に役立つ機能性成分として注目されています。
今回わたしたちが注目したロスマリン酸は、古くから欧州で薬用植物として用いられてきたローズマリーやレモンバームといったハーブに含まれるポリフェノールであり、抗酸化、抗炎症、抗細菌、抗ウイルス活性を有するとされています。
最近、わたしたちの研究グループでは、ロスマリン酸を摂取したアルツハイマー病モデル動物では、脳内においてドーパミン関連のモノアミン濃度が上昇し、それらがアルツハイマー病の脳内に異常に蓄積する「アミロイドβたんぱく」の凝集を抑制すること7)。
そして、ロスマリン酸はアルツハイマー病モデル動物のc-Jun N-terminal kinase (JNK)シグナル伝達経路を抑制し、アルツハイマー病の脳内で異常蓄積するもう一つのたんぱくである「タウたんぱく」のリン酸化抑制、および認知機能低下を抑制することを明らかにしました8)。
また、ロスマリン酸含有レモンバーム抽出物は、長期間摂取しても安全で忍容性が高く、非高血圧高齢者における認知機能低下の抑制効果を持つのみならず、アルツハイマー病患者では、認知症の行動・心理症状の低減に有用であることを明らかにしました。
今後、ロスマリン酸をはじめとしたポリフェノールの抗アルツハイマー病効果を検証することが、食による安全で安価な疾病予防、生体恒常性維持に大きく貢献できると期待されます。
最後に、臨床試験にご参加いただいた皆様ならびに、試験食品を無償/有償にてご提供いただいた丸善製薬株式会社に厚く御礼申し上げます。
第I相~第III相臨床試験の実施に際して、ご協力ならびにご指導くださった国家公務員共済組合連合会九段坂病院の山田正仁先生と、金沢大学脳神経内科の先生方、心理師の皆様、その他ご協力くださったすべての皆様に感謝の意を表します。
【参考文献】
1) Ono K, Hasegawa K, Naiki H, et al. Curcumin has potent anti-amyloidogenic effects for Alzheimer’s beta-amyloid fibrils in vitro. J Neurosci Res 75, 742–50, 2004.
2) Ono K, Li L, Takamura Y, et al. Phenolic compounds prevent amyloid β-protein oligomerization and synaptic dysfunction by site-specific binding. J Biol Chem 287, 14631–43, 2012.
3) Hamaguchi T, Ono K, Murase A, et al. Phenolic compounds prevent Alzheimer’s pathology through different effects on the amyloid-beta aggregation pathway. Am J Pathol 175, 2557–65, 2009.
4) Noguchi-Shinohara M, Ono K, Hamaguchi T, et al. Pharmacokinetics, Safety and Tolerability of Melissa officinalis Extract which Contained Rosmarinic Acid in Healthy Individuals: A Randomized Controlled Trial. PLoS One 10, e0126422, 2015.
5) Noguchi-Shinohara M, Ono K, Hamaguchi T, et al. Safety and efficacy of Melissa officinalis extract containing rosmarinic acid in the prevention of Alzheimer’s disease progression. Sci Rep 10, 18627, 2020.
6) Noguchi-Shinohara M, Hamaguchi T, Sakai K, et al. Effects of Melissa officinalis Extract Containing Rosmarinic Acid on Cognition in Older Adults Without Dementia: A Randomized Controlled Trial. J Alzheimer’s dis, online ahead of print. doi: 10.3233/JAD-220953
7) Hase T, Shishido S, Yamamoto S, et al. Rosmarinic acid suppresses Alzheimer’s disease development by reducing amyloid beta aggregation by increasing monoamine secretion. Sci Rep, 9, 8711, 2019.
8) Yamamoto S, Noguchi-Shinohara M, Hamaguchi T, et al. Rosmarinic acid suppresses tau phosphorylation and cognitive decline by downregulating the JNK signaling pathway. npj Science of Food. 5, 1, 2021.
金沢大学 医薬保健研究域医学系 脳神経内科学
篠原もえ子 先生、小野賢二郎 先生