ワンポイントリハビリ その3
私たちはなぜ、いつでも自分の意志に従い、自由に手足を動かすことができるのでしょうか。脳が命令するから、筋肉が働くから、関節が動くから、きっとどれも正解です。
しかし、例えば手を今の位置から、目的の位置へ動かすときには、今の手の位置は特に意識せずに目的の位置へ難なく動かせます。この意識せずに今の手(体)の位置が分かるのは、心理学などでは身体図式という表現で理解されています。
私たちはいつも同じ姿勢でじっとしているわけではなく、常に動いて、その時々で異なる手足の位置でありながらも、戸惑うことなく目的の動きを果たせるのは、身体図式があるからと言っても良いと思います。身体図式は自分が動くことで刻々と更新されます。
したがって、いつも動いている人ほどスムーズに動けますし、体を上手に使うようになります。スポーツ選手や職人と称される人の技は、繰り返される鍛錬によって身体図式はいつも最新の状態にあるのでしょう。つまり、動くためには自分の体の状態(手足などの位置関係)が分かっていることが前提になります。しかもそれは自分で動くことによって養われているのです。
脳卒中を発症した脳科学者ジル・ボルト・テイラーは、徐々に動けなくなっていく自身の体を「どこで自分が始まって終わっているか、という体の境界すらわからない」とその不安を表現しています。動けない、あるいは動かないでいると、筋力が衰える、関節が硬くなる、しかしそれ以上に自分の体が自分のものでなくっていくのが問題なのではないかと想像する必要がありそうです。
自分の体を自分のものにするための良い方法があります、それは寝返り一往復です。ベッド柵などを用いて自分で行っても良いですし、一人でできない方は介助で構いません。寝返り一往復(うつ伏せまでは不要です)すれば体の端から端までベッドマットとの際(キワ)を感じることができます。
全身を感じることで動く準備が整い、介助が必要な人もわずかでも自分から動き出しやすくなります。自分から少しでも動き出せば、やはり身体図式は更新されますので介助であっても寝返り一つが効果的なのです。また、介助量は変わらなかったとしても、自分の体を自分のものにしておくことは、不要な体の緊張を防ぐことにもなりますので、関節を固まらせないためにも有効です。
ジル・ボルト・テイラーの表現を使わせてもらうと、寝返りによって“体の境界が分かる”だけでも動き出しやすいですし、動けない人の不安を和らげることにもなります。
引用図書:ジル・ボルト・テイラー (著),竹内薫(訳).奇跡の脳、新潮社、2009年