他者の手を借りることなく生活動作を行うことができる、つまり自立は望ましい状態として、医療や介護の現場だけではなく、高齢社会のスローガンとも言えるほど重要視されていると思います。
すべての生活動作とまではいかなくても、介助を必要としていた方がベッドから一人で起き上がれるようになる、一人で立ち上がれるようになる、一人で車椅子に乗り移れるようになるなどを目にするのは確かに喜ばしいことです。
しかし、そのような場面で周囲の者が口にする印象的な言葉があります。それは、「表情がいつもと違いますね」、「良い表情しています」といった本人の表情(顔)の変化についてのものです。
魅力的な表情とは、瞳孔が開いて黒目が大きい状態のときです。赤ちゃんは、たいてい黒目が大きいので、そこにいるだけで周囲を明るくします。瞳孔の大きさは情動や認知、覚醒状態などを反映すると言われています。また、近年では脳の運動を司る領域の活動との関連を指摘する研究もあります。
つまり、動作を一人でできるかできないかは別として、自分の意思を働かせ、その動作をやろうと試みる、またその一部だけでもやってみることで瞳孔は大きくなり魅力的な表情になるのです。
魅力的な顔で周囲を惹きつけるのは、何も赤ちゃんやアイドル、俳優さんだけではありません。介護を必要している方が、少しでも自分から動こうと意思を働かせ、動き出すとき、その顔は介護者、そして家族を魅了します。
介護という人と人との営みの中で、私たちが見たいのは本人の自立した動作なのではなく、たとえ介助を必要としたとしても、本人がそれをやろうとした後に見せる表情だったのかもしれないと思うのです。良い顔に惹きつけられ、こちらにも良い表情が生まれる。それがコミュニケーションの源になるのだと思います。
介助が必要であったとしても、まずは自分から動いていただく。結局介助するのだから、それはムダな時間でしょうか。“自分から動くと表情が変わる”、そこに気づくことができると、その動きに本人の意思を汲み取り、その動きを活かした介助が可能となるのです。つまり、介助するという行為が一方的なものではなく、双方向のコミュケーションに変わります。