みなさんは車椅子に乗ったことはありますか?あえて“乗る”という表現をしたのは、車椅子は移動のための道具だからです。健常者に車椅子の乗車体験をしてもらうと、子供から大人まで大変楽しまれます。
それは、自分で操作して移動するという体験は、自転車や遊園地のゴーカートに乗ることと基本的には変わりないからだと思います。
一方で車椅子を誰かに押してもらうという体験に変えてみると、楽しいとは異なる感覚を得るようです。例えば、車椅子を押す人が普段歩くスピード(時速3km程度と言われてます)で押して歩いてみると、車椅子に乗った人はかなり速く感じますし、人によっては恐ろしいと口にする方もいます。
自分で操作しているとき、特に子供たちは歩くスピード以上にビュンビュンと走らせて平気でいたのに、いざ、誰かに押してもらうと普段の歩くスピードですら恐ろしいのです。
自分で動くことと、誰かに動かされることは、移動という体験は同じでも感じ方はかなり異なるものがあるということです。介護の研修でこのことを伝えるときに、次のような演習を行なってもらいます。
目を瞑って仰向けに寝ている利用者役に対して、4人の介助者役が手・足・体幹を持って30cmくらい持ち上げるというものです。たった30cmでも誰かに動かされるという体験をした利用者役が、年齢や性別、経験に関係なく口にする共通の言葉が2つあります。
それは「すごく速く感じた」、「たくさん動かされたように感じた」です。車椅子を誰かに押してもらうのと同様に恐ろしさを体感します。
介護を受ける、それは少なからず誰かに動かされるという体験です。しかも、心身の状態次第では、一日の多くの動作で発生し、しかも毎日続きます。それが1週間、1ヶ月、1年と積み重なりますから、介護を必要とする高齢者の体が、少しずつ緊張で硬くなっていく原因の一つにもなるのです。
そう考えると、一回、一回の介護がどうあるべきなのかが見えてくるのではないでしょうか。それは、ほんのわずかでも本人が本人の体を操作する、自分で動く、自分から動くという努力です。そして、介護者は意識しすぎるくらい、自分が思うゆっくりよりさらにゆっくりと本人の体を動かす。
それだけで十分に高度な介護技術です。介護の経験のない方も、この2点だけ意識してみると、本人にとって安心な、しかも機能維持にも役立つ基本が身につきますよ。