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「a cup of tea or coffee?」という一言の大切さ

介護福祉士の土橋壮之(つちはしまさゆき)と申します。

みんなからは、「ツッチー」とか「ツッチーさん」と呼ばれています。なので、みなさんにも気軽にそう呼んで頂けたらうれしいです!

 

自分の介護が正しいか知りたくてイギリスへ

2017年春、私はイギリスロンドン郊外のジェラーズクロスという街の、障がい者施設の屋根裏部屋に住みながら、有償ボランティアをすることになりました。

なぜイギリスに行ったのかというと、理由はいろいろあるのですが、その当時、まだ日本では、“認知症とはいったい何?”という状態で、私自身、自分がやっている認知症の方への介護が正しいのかどうか疑問を持ちながら、介護をしていました。

 

そんな時、イギリスの認知症当事者のクリスティーン・ブライデンさんが来日されたり、イギリスには認知症国家戦略があるという話を聞き、「日本と全然違ってイギリスはとても進んでいるんだな」、「そんな国に自分も行ってみたいな」と漠然と思うようになりました。

とはいえ、自分のようなただの介護職が、外国で働くなんて現実的ではないですし、当時すでに30歳を超えていましたから、ワーキングホリデーなどのビザも取得できず、留学するにしても必要なお金は、もちろんありません。

でもせめて、1週間でも2、3日でもいいから、イギリスの進んだ介護を見てみたいなと思っていろいろ調べていました。

すると、イギリスでは、高齢者施設や障がい者施設に、外国人がボランティアをしながら住み込みで滞在できる制度があることを発見しました。家賃と食事は提供してもらえて、月200£のサポートがあるとのこと。

 

「これなら行けるかもしれない!」

そうは思ったものの、英語なんて大学以来で、大丈夫なのだろうか……。

そんな不安はあったんですが、行ってみたい気持ちが勝って、半年後ぐらいには思い切って申し込みをしてしまいました。

 

障がい者施設で有償ボランティアを開始

いざ、施設の運営の担当者と英語の面接があって、ほんとにひどい英語だったと思うんですけど、「日本で介護をしていて、イギリスの介護や福祉や認知症のことを知りたいんです、なんとかお願いします」と、念じるように想いをたくさん伝えたら、「そんなに言うなら来ていいよー」みたいな感じで……けっこうあっさり行けることになりました。

今思うと、よくあれで、受け入れてくれたなと思います。

ただ、高齢者施設は空きがないので、障がい者施設でもいいかい? とのことで、イギリスに住めるなら、その間にいろいろ見学できるかもと思い、決めることにしました。

 

そんなわけで、晴れて、Leonard Cheshire Disability(レオナルド・チェシャ・ディスアビリティ)という団体の、Chiltern House(チルターンハウス)というイギリスの障がい者施設でボランティアをすることになったんです。2017年3月のことです。

直前まで知らされていなかったのですが、日本人の女性2人も一緒ということで、日本人は3人がその施設でボランティアをすることになりました。

 

施設に着いてみると、スタッフの他に、もう何年もボランティアをしている人や、地域のボランティアなどさまざまな人たちがいました。スタッフの国籍も、アイリッシュ、ポーリッシュ、スパニッシュ、インド系、スラブ系など多国籍。

また、細かな制服がなく、髪型も自由、ファッションも派手な人がいたりで、ほんとになんだかいろんな人がいて、「さすが日本とは違うな~」と驚きの連続でした。

 

働く不安を和らげてくれたケーキ作り

働き始めて1日目は、まずは、レジデンツ(入居者)とスタッフの顔と名前から……。基本の基本なんですけど……発音すらうまくできなくて……泣いてました。

次にレジデンツそれぞれの、好きな飲み物と提供方法、後片付けの仕方を教わります。

日本語だとすごーーーく簡単なことなんですけど……めちゃ難しい。怒られてるんじゃないか……と、不安になります。

(むこうは普通に言っているだけなんですけどね。聞き取れないので)

 

初日の午前中だけで、相当、心が折れそうになりました……。

気を取り直して、午後はレジデンツの一人サンドラさんと一緒にケーキを作りました!

この施設は、週1でレジデンツとケーキを作るんです。さすがイギリスです! 甘いものはおいしいです。

初日に作ったケーキはスティーブンさんのハッピーバースデー用です。

手作りケーキ

僕も初めて、スポンジからケーキを作ったんですけど、ま、ほとんど、サンドラさんの言われるがままに作りましたけどね。

サンドラさんは私のために、ゆっくり話してくれます。めちゃくちゃ英語の勉強になります。

 

ケーキを配るときに、スタッフのウィリアムが、「このNew japaneseがスティーブンのために作ったケーキだよ!」と言って紅茶を配りながら、一緒にホームを回ったので、レジデンツの皆さんが僕を祝福してくれる雰囲気になったんです。

このスタッフのウィリアムの、私を働きやすくしてくれる心遣いが、とーーーってもありがたかったです。初日の不安で不安でしかたなかった気分をすーっと、取り除いてくれました。

このウィリアムは、195cmの大柄のスタッフで国際ボランティアスタッフのマネージャーのような存在でした。私にとっては心強い、(実は)アイルランド人です。

 

たった一言の声掛けに大切さが宿ることも

ところで、私はこのウィリアムに、2回だけ怒られたことがあります。

一つは、車いすを持ち上げたときです。

イギリスでは、腰痛予防のため、車いすを持ち上げるということが禁止されているそうです。必ずリフトや福祉用具を使うなどの対策をしなければなりません。ほんのちょっと、方向転換のために持ち上げることも禁止です。

 

もう一つは、施設でボランティアを始めてから、一か月ぐらいたった時のことです。

レジデンツのサンドラさんはイギリス人ですが、コーヒーが好きなんです。サンドラさんは、コーヒーにこだわりがあり、ドリップコーヒーではなく、インスタントのコーヒーを毎朝、おやつの時間に飲みます。

 

最初は、お茶にするか? コーヒーにするか? サンドラさんに聞いていたのですが、毎日、毎日、やっているうちに、サンドラさんの好きなことや行動がわかったきたので、私は、手際よく、サンドラさんが来る前に、インスタントコーヒーを用意してあげるようになりました。そして何より、日本では事前に好みを把握して、用意しておくのは当然のことです。

サンドラさんが来たら、すでにお気に入りのインスタントコーヒーが用意されている。やっぱり日本人ですから、手際よく、気が利くというのを見せたいですからね。言葉はまだまだだけど、“テキパキ動いて、気が利いて、すごいでしょ!”、なんて思っていました。

 

ある日、いつもは、陽気で優しいウィリアムが、すごい剣幕で怒っているんです。

「MASA(私)は、サンドラにインスタントコーヒーを出しただろ!」

「はい。出しました。」

「なんで、出したんだ!」

その時の私には、なんでウィリアムが怒っているのか、さっぱりわかりません。

「サンドラさんは、いつもインスタントコーヒーを飲むからです」

「サンドラに何を飲むか聞いたのか?」

「いえ、いつも飲むので、用意しておきました」

 

この時の私は手際よく気が利くでしょと思っていました。だって、毎日、必ずインスタントコーヒーなんですから。ウィリアムは続けます。

「MASAは、サンドラの選択を奪っている。なんのためのボランティアか、よく考えなさい。サンドラは確かに毎日、インスタントコーヒーを飲むかもしれない。でも、お茶かコーヒーか選んで、MASAと話すのを楽しみにしているんだよ」

 

その時、私はハッとしました。

私はルーティーンの中で、徐々に業務の効率を優先してしまい、最初は楽しんでいたサンドラさんとの会話やコミュニケーションも減っていたんです。

実際、サンドラさんのほうも、だんだん私に話しかけることが少なくなっていました。

私がよかれと思ってやっていたことは、実はサンドラさんの選択を奪い、楽しみを失くしてしまっていたのです。

 

「a cup of tea or coffee?」

ようやく、何気ないこの一言が大切なんだと、私は理解できました。それから、私は毎日、サンドラさんが来てから、必ずお茶にするか、コーヒーにするか聞いて、飲み物を準備するようにしたんです。

その後、サンドラはまた、私に話しかけることが増えていったような気がします。

 

思い出してみると、日本で介護をしていた時、私はテキパキやることを優先して、利用者さんの選択を奪っていたんじゃないか。そんな介護の仕方だったかもしれません。このウィリアムに怒られた出来事は、そんな自分を反省するきっかけになりました。

大切なのは、そんなに難しいことじゃなくて、一言、ほんの少しの声かけの差なんだと思います。

 

1年のボランティア期間で、1回だけ、サンドラさんがミルクティーを選んだことがあって、「なぜ、今日はインスタントコーヒーじゃないの?」と聞いたら、「たまにはね。イギリス人だから」と笑っていましたね

 

お年寄りに気を付けての標識

ハウスの前の

お年寄りに気を付けての標識。

イギリスは日本と同じ左側通行、右ハンドル。

けっこう、交通量があっても、歩行者は平気で道路を横断します。

ロータリーが多くて、日本より信号がとても少ないと感じました。

 

土橋 壮之 さん

TVCM業界からひょんなことをきっかけに介護の仕事に転身。日本、イギリス、そしてベトナムへ、世界の介護現場を回る旅に出る。