小林透 様
長崎大学大学院工学研究科小林透教授の研究グループは長崎大学病院脳神経内科辻野彰教授の研究グループと共同で、普段の生活行動から認知症の予兆が分かるシステムを開発したことを発表しました。
今回はそのシステムについてや今後ITの観点からどう認知症と向き合っていくのかについて、小林透教授にお話をお伺いしました。
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動きを認知する小さなセンサー
編集部:まず、このシステムにはどのような機能があるのかお伺いしてもよろしいでしょうか?
小林様:はい。ボタン電池くらいの小さなセンサーなのですが、それに加速度センサーやBluetoothなどの通信機能がついています。
そのセンサーをトイレのドアやカーテンなど、生活で使用する様々な場所に複数貼り付けておくことで、日常の生活行動を察知することが出来るようになります。トイレのドアだったら1日に何回トイレに行ったのか、とか、カーテンだったら何時に起きたのかとか・・・色々なことが分かります。
監視カメラなどで室内を撮られることには皆さん抵抗があると思うのですが、センサーでしたら動作だけしか見られないので抵抗も少ないですし、しかも自動的に情報がネットワークを通してサーバーにあがるので手間もかかりません。
編集部:なるほど。手軽に認知症の予兆を察知することが出来るのですね。
小林様:はい。認知症の患者さんの中には、認知機能には異常がないのですが日常のことが出来なくなってしまうという方が多くいます。例えば、急にご飯が作れなくなってしまったり、銀行でお金を振り込むことが出来なくなってしまったり、とかですね。
医学的にも、認知症の予兆として日常の行動に変化が現れるケースが多いらしく、生活行動がきちんと出来ているかどうか、一緒に住んでいる人にチェックしてもらうことが主流となっているそうです。ただ、1人暮らしの方はそれが出来ません。
このセンサーを使用すれば、認知機能だけではなく生活機能の両方を評価できるようになるので、今まで認知症の予兆で引っかからなかったような方も救いあげて、早めに薬を処方してもらって進行を遅くすることが出来ます。
編集部:そうなんですね。実際に実験などは行ったりしたのですか?
小林様:そうですね。コロナ禍だったので高齢者のお宅は厳しかったのですが、ちょうど1年前に長崎市内の1人暮らしの一般のお宅で、センサーから正しい情報がとれるかどうかという目的で実験を行いました。
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フレイルメータの開発
編集部:現在はこの研究に発展させてどのようなことを行っているのですか?
小林様:はい。フレイルメータを開発しました。フレイルというのは健常者と要介護者の間の状態で、徐々に体力が落ちてきていたり認知機能が落ちてきている段階のことを言います。
もともと私が認知機能をチェックする対象にしていたのは要介護の方々だったのですが、やはり重要なことは出来るだけその状況にならないようにすることです。ということで、フレイルの段階で症状が分かるとより良いのではと思い、フレイルメータというものを開発しました。
フレイルを測るにあたって、大きく分けて栄養、運動、社会的活動の3つの要素が重要となってきます。
フレイルメータはその3つの要素を今回開発したセンサーやスマートウォッチなどを使って、日常の生活行動から察知します。
例えば、今から食べるご飯の写真をスマートウォッチで撮ります。そうすると、AIにより撮った写真から今からどのような食べ物を食べるのかが解析され、栄養を測ることが出来ます。また、スマートウォッチの万歩計の機能で運動も測ることが出来ます。さらに、スマートウォッチのマイクが音を拾うことにより、人と喋っているのかどうかを察知し、社会的活動も測ることが出来ます。
そのような情報を日々測っていき、その日の3要素の点数が前の月の平均と比較して良ければ笑顔になったり悪ければ悲しい顔になったり、アニメーションを使用して分かりやすく結果として表します。このように分かりやすく表現するだけで、今日はもう少し頑張ろう!というような行動変容に繋がるのでは、と思います。
編集部:なるほど。実際に一般の方に使用される目途は経っているのでしょうか?
小林様:そうですね。実際のところ研究は、ある程度開発費用がないとなかなか進みません。これまでの認知症の研究は総務省から資金をもらうことで進めることが出来ていました。ただその期間が昨年度までだったので、今年度はどこからもお金を得ることが出来ていません。
ただ今後は自治体とも協力しながら大規模な実証実験をすることも検討していて、徐々に一般のお宅にも普及できるようにしていきたいですね。
編集部:そうだったんですね。小林様が目指すゴールはいったいどのようなものなのでしょうか?
小林様:はい。2つの方向性があります。
1つは、ロボットなどのシステムにより認知症の予兆を早く検出できるようにすることです。早めに検出し、早めにお医者さんに診断してもらうことに繋げるのを我々の目的としています。人生100年時代とも言われていますが、頭も体も元気で自分のことは自分でしながら長生きできるような世の中をつくりたいと思っております。
そのためにも、今回のような生活行動把握型認知症予兆検知システムを各ご家庭に普及していくことがこのゴールに向けての大きなアプローチになるのではと考えております。
もう1つは、先ほども説明したフレイルメータなどのシステムで、認知症を発症する前に行動変容をさせることですね。そもそも生活を変えることは難しくて、お医者さんから言われた直後はやるけど、長続きしないんですよね。
ですので、フレイルメータの点数を同じ地域の人と比較できるようにして、高齢者同士で互いに切磋琢磨しながら良い方向に生活を変えていけるようにしたいですね。
ロボットを使った母とのコミュニケーション
編集部:情報システム学を担当している小林様が、認知症に関わる研究をし始めたきっかけはなんだったのですか?
小林様:もともと1人暮らしをしている私の母とコミュニケーションをとりたくてロボットをつくったところから始まりました。
私の母は90歳近くなので、LINEなどを使えることが出来ないんですね。そこで、私が送ったメッセージを読み上げてくれたり、母が喋ったことをテキストに変換してくれるロボットをつくろうとして、過去に研究や開発を行っていました。
それをみていた当時の研究スタッフの方で心理学の修士を出られていた方がいらっしゃったのですが、その方が、これは認知症の研究に使えるのではないのですか?と声をかけていただいて・・・その一言で始まりました。
編集部:そういうことだったんですね。ありがとうございます。
健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ
編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。
小林様:「高齢化」とか「介護」とかってネガティブな言葉とみられがちですが、考え方によって、必ずしもネガティブではないと思うんですよね。人口流出や過疎化というのも、コロナ禍という観点からみれば、良い生活を送れるようになる、という見方が出来るというわけじゃないですか。そのように、物事には必ず二面性があると思っています。
ついこの間長崎で行われていたIcTフェアで、介護士の方々の展示もありまして、スマートフォンのカメラで撮影した患者さんの様子を、介護士目線の動画でみられるシステムを開発したとのことでした。患者さんの状態を今まで書面で共有していたそうなのですが、動画だと一目瞭然なので、動画で共有していくように今後はこのシステムを普及していくらしいです。
こんな風に日々困っていることを、どうすれば介護士の方々にとっても患者さんにとっても改善できるのか考えていくことが大事だと思います。今回のIcTフェアの事例のように、ITを使うと解決できたりすることもあります。
ですので、困っていることなどがあればぜひ相談していただいて、解決の糸口になればと思います。IT業界の人たちは遠い存在に見られがちだとは思いますが、今後は介護に関わる方々と一緒に協力体制をつくっていければと思います。