特定非営利活動法人地域診療情報連携協議会理事長
瀧澤清美様
認知症の症状には大きく分けて「認知症状(中核症状)」「行動・心理症状(BPSD)」の2種類があります。行動症状には徘徊/攻撃性など、心理症状には妄想や幻覚などがあります。
今回は、そのBPSDを軽減するためのケアシステムについて、内田陽子様と瀧澤清美様に詳しいお話を伺いました。
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包括的BPSDケアシステム®︎の電子版とは?
編集部:このシステムはどういったものなのでしょうか?
内田様:簡単にいうと、BPSDをもつ認知症の方へのアセスメント、ケア、評価を一体化したシステムです。現場でBPSD(行動・心理症状)が発生して、看護師さんが入力すると、遠隔地にいる専門職ともすぐに情報の共有化ができ、よりよいケアを考えることができます。
システムの出発点は、認知症ケアのアウトカム評価の開発です。質の評価は、「構造」「プロセス(過程)」「アウトカム(成果)」の3つの視点が重要だと言われています。
日本では構造とプロセスの評価が主でしたが、海外ではアウトカム評価が重点化されています。近年ではわが国もアウトカムを重視するようになりました。
このような背景があり、私は認知症ケアの成果をどの項目で評価するか、という課題について取り組んできました。
その後、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)代表山口晴保先生の研究分担者として、認知症ケアのアウトカムを高めるために「包括的BPSDケアシステム」に着手し、介入研究を行いました。その結果、システム導入群と非導入群を比較するとBPSDが改善するということがわかりました。
2020,21年に世界的に新型コロナウイルス感染症の流行で密を避けることが求められました。直ちにこのシステムの電子版開発に踏み切りました。現在、電子版については瀧澤様や下田工業株式会社様と共同研究で商用化まで進めることができています。
編集部:具体的に成果はどのような形で評価するのでしょうか?
内田様:システムのアセスメント番号を比較して、改善・維持・悪化と評価します。認知症の認知症状(中核症状)は残念ながら改善は難しいですが、BPSDはケアによって軽減する可能性をもっています。そこで、アセスメントの主な柱の1つ目はBPSDとして、それが軽減されているかをまず評価します。2つ目に、できるだけ自分でできる生活行動を維持できているか、3つ目にその人らしさが尊重されているかを評価します。これは認知症ケアの理念であるパーソンセンタードケアのパーソンフッドの部分です。4つ目は介護者の状態評価です。
図1認知症ケアの目指すべき4つの柱と、図2はその柱にもとづく具体的な18項目を示しました。
図1:認知症ケアの目指すべき4つの柱
図2:システムのアセスメント18項目
「BPSD軽減」の評価で特徴的なのは、心理症状、行動症状だけでなく、「笑顔」にも着目している点です。笑顔というのは、認知症の方にとっても心地よい状態を表しますので、重要視しております。
編集部:なるほど、では「包括的」とはどういった意味なのでしょうか?
図3:BPSDの要因
内田様:BPSDというのは脳の病変や認知症の認知症状(中核症状)だけでなく、その他にもさまざまな要因が絡んでいます。薬剤、体調、環境、性格、生活状況、ケアや対応など、要因が多様なため、それら全てを含めて、その人を全体的に、包括的にアセスメントする必要があると思っています。治療は患部を細分化して診ていくことが主流ですが、ケアはその人を包括的に、ホリステックに観ていくことが求められます。なので、システムにはBPSDだけでなく、生活やその人らしさ、介護者の状態もアセスメントすることを組み込みました。
編集部:電子版の強みというのはどこにあるのでしょうか?
図4:電子版のシステム画面例
内田様:元々は紙ベースで評価をしていたのですが、本当に手間がかかり面倒でした(笑)
それに電子版にしたことで、評価や改善の傾向、患者様の強み弱みの部分がワンタッチで可視化されるため、PDCAサイクル(Plan,Do,Check,Act)を回しやすくなりました。
また、患者様の状態やアクションプランを遠隔でも確認できることも大きいですね。コロナ禍では現場に行くことが制限されていましたから、研究でアドバイスをする際には大変助かりました。
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今後の方針について
編集部:病院以外で運用する予定はありますか?
内田様:2020年は病院の他、訪問看護ステーションで運用し、2021年では介護の現場でも運用しています。病院1)や訪問看護ステーションの事例効果2-3)は論文にしてすでに発表していますが、介護現場での研究は現在、まとめています。
- 内田陽子、中島都、小野章夫、瀧澤清美、入院患者に対する包括的BPSDケアシステム®の電子版を導入した4事例:新型コロナウイルス感染症流行のなかでの遠隔アクションプランの発信、日本遠隔医療学会雑誌、第17巻第1号、18-23、2021.6
- 内田陽子、大河原美幸、中里貴江、訪問看護の利用者に対する電子版の包括的BPSDケアシステム®を導入した2症例、群馬保健学研究、41巻、36-41、2021.
- 内田陽子、田島玲子、中村映見佳、高梨礼菜、小沼沙妃、瀧澤清美、包括的BPSDケアシステム®の電子版を導入した訪問看護6事例のケーススタディ、認知症ケア研究誌、5、1-7、2021.
編集部:実際に介護現場で使いたいと思った場合には、自由に使えるのでしょうか?
内田様:もちろん、商用化しているので使えますよ。
瀧澤様:こちら(お問い合わせページへ)から、システムの利用についてお問い合わせができます。
編集部:なるほど、ありがとうございます。
こちらのシステムを利用した時に、BPSDが悪化した事例もあるのでしょうか?
内田様:システムは道具ですから使う者が考えてうまく使う必要があります。悪化事例について要因分析をしたところ、先ほどお見せしたBPSDの図3と一致していました。
このシステムのケア項目には「原因・背景の追求」という欄が入っています。私はケアする者は必ず原因を追求する癖をつけることが重要だと思っています。
看護に限らず何か問題が発生したら、原因は何なのかを探りますよね。
医学の世界ではこの問題解決型思考のトレーニングはされていますが、介護や看護の世界ではまだ弱いところがあります。原因を探るというよりも、とりあえず決められた業務をこなすことが主流になりがちです。
しかし、令和3年度の介護報酬改定では科学的介護が強調されています。認知症介護や看護の現場でも事実のデータから効果的なケアを考えるということが求められています。
健達ねっとをご覧いただいている方へのメッセージ
編集部:最後に健達ねっとのユーザー様に一言お願いします。
内田様:今まで認知症ケアは、施設を利用しない限り、ご家族の方が担ってきました。
しかし、これからの認知症ケアは、さまざまな人と分担していく、そして分担するためには共通のデータやシステムが必要です。
ですから近い将来、ご本人やご家族の方にも、包括的BPSDケアシステム®︎の電子版を利用していただいて、介護従事者や看護師と共有、協力しながら、介護の負担を軽減していけたらよいと思います。
そしてデータやアクションプランの蓄積(図5)によって、認知症ケアの質が高まっていくことを期待しています。
瀧澤様:ITを利用し、認知症の症状を見える化することによって、気づきがあったり、チームで協力できたりすると思います。
ITを活用しないと、介護の担当者やご家族が問題を全て抱え込んでしまうという状況になってしまうんですね。
それを避けるためには、このシステムは重要だと思っています。
図5電子版の画面例(アクションプランとアウトカム評価)