吉田勝明 先生
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認知症患者さんへの接し方の心構えは、「相手の尊厳を守る」こと
先日、外来診察の時にこんな話をお聞きしました。
「先生、家の母はぼけてしまっていて、昨日何を食べたのか、どこへ行ったのかも覚えていません。先日はいい温泉に連れて行き、うまい寿司を食べさせたのに、まったく覚えていないんですよ!これならば、高いお金をかけて、いろいろなところへ連れて行ってあげても無駄ですよね……」
その方に対して、私はこのように答えました。
「そのとおり、お母さまは“昨日どこへ行ったのか?”“何を食べたのか?”は覚えていないかもしれません。でも、その行為は決して無駄ではありませんよ。というのは、個々の出来事は覚えていないかもしれませんが、昨日楽しかったのか、うれしかったのか、悔しかったのか、つらかったのか、そして悲しかったのかは、本人の中に必ず残っています。つまり、具体的な記憶は忘れていたとしても、感情の部分は忘れてはいないのです」
私は、認知症の方を介護するうえで、大切な心構えは「相手の尊厳を守る」ことだと思っています。認知症の方に対し、「怒り」「叱責」「否定」「強制」ばかりでは、うまくいきません。
実際の介護現場では、忍耐が必要なシーンが少なくありません。だからこそ、介護する側が、ゆとりをもって接するよう心がけたいものです。
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周囲に事情を話して、協力を仰ぐ。抱え込まない接し方が大切
しかし、多くの介護者が、知らないうちにがんばり過ぎて、余裕がなくなっていると感じます。介護は、絶対に一人で抱え込まないでください。
認知症の介護は、個人や家庭でのみ見るのではなく、「地域で見る」という考え方で取り組んでほしいと思います。認知症になることは、恥ずかしいことではありません。むしろ、長生きできた証拠と思ってもいいくらいです。
たとえば、認知症の症状の一つに「徘徊」があります。外出して、帰り道がわからなくなってしまうのです。このようなときは、家族のみで探し出すことは困難です。ですから隠さず、親族や近所の方、ときには近くの交番の警察官に、本人が認知症であることを伝えておいて、適時、協力を求めるのもいいかもしれません。
24時間365日の介護となると、介護する側はどうしてもいっぱいいっぱいになります。ショートステイなど介護サービスの利用や、病院の通所リハビリテーションを頼るのも一つの手です。認知症の方にとっても、いろいろな人と話をしたり、ゲームをしたり、配慮したり、してもらったり。そういう社会とのつながりが大切なのです。
認知症の症状の根底にある、本人の“寂しさ”を理解しよう
また、どんなに献身的に介護をしていても、認知症の症状で、「お金を盗られた」「ごはんを食べさせてくれない」「浮気をしている」など、事実とは異なることを本人から言われ、心が折れそうになることも少なくないでしょう。これも認知症の症状の一つで、ありもしないこと、特に被害的な訴えが多く、「被害妄想」といわれます。認知症の介護の悩みで、いちばん多く認められるといっても過言ではありません。
そのほか、「暴言」や「暴力」といった症状が現れることもありますが、そのベースには、「相手に理解してもらえない」という、患者の寂しさがあるのです。いずれも介護者からすると、とても困る症状ではありますが、本人の言葉に耳を傾け、理解し、気持ちに寄り添う必要があります。
事情を知らない周囲の人ほど、認知症介護の苦労を理解し、協力を
このような状況下で、周りの家族や親族が無理解・非協力的であれば、認知症の方本人にとっても、主に介護を担う人にとっても、これほどつらいことはありません。
私が認知症の方を診察する際、ある程度診断が確定した段階で、本人のみならず、家族や親戚に集まってもらって説明をすることがあります。このとき、主に介護している人を聞くと、「長男の嫁」をはじめ、女性の場合が多いです。そして説明を受ける家族は、その介護者をいちばん前に来させて、私の話をよく聞かせようとしがちですが、私は「あなたは、いちばんうしろで結構です。ふだんご本人と会わない人ほど、前のほうに来てください」と言います。
実際に介護している方は、誰よりも苦労して、理解しています。実情を知らない周囲の人ほど、しっかりと介護の苦労を理解し、協力してもらいたいのです。
周囲の人には、介護している人を癒す役割があります。「(夫が妻に)家のことは任せるよ」「(親族が介護者に)しっかりやっているの?」ではなく、「いつもありがとう」「たまにはうちに預けてね」と、感謝とねぎらいに徹してほしいと思います。
3分間はしっかりと傾聴。笑顔で接して安心感を伝えよう
また、認知症の方の発言を、「そんなわけないだろう」、「さっき○○したでしょう」などとすぐに否定してしまうと、言い合いになり、泥沼化していきます。接し方次第では、10分で終わることが、言い合いになって30分経っても終わらない、ということになってしまいます。
「3分間は、がまんして聞く」と決めて、そのあと一度、深呼吸。相手が落ち着いてきたタイミングで、話題を変えてみるといいでしょう。認知症の方とやり取りをするときは、このような“間”が必要で、そしてこういうときこそ、笑顔で接することが大切です。安心感が伝われば、相手にもきっと笑顔が戻ってきます。
認知症に対して劇的に効果がある治療薬は、未だ開発されてはいません。だからこそ、日常生活における接し方が重要になります。
以前、アルツハイマー病の患者さんがこのように言ったそうです。
「“がん”ならばよかった……。だって恥ずかしくないし、みんながやさしくしてくれるもの……」
どうしてがんのほうがいいのでしょう。認知症をみんなが理解して、決して恥ずべきことではないという認識が広がり、みんなで支え合える、素敵な社会が構築されることを願ってやみません。