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高齢者の“オーラルフレイル”を防ぐために

大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座

有床義歯補綴学・高齢者歯科学分野

池邉一典 先生

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“低栄養”が、運動機能の低下に大きな影響を与える

中高年者における栄養の問題は、主にメタボリックシンドロームの原因となる過栄養や肥満です。メタボリックシンドロームが糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を引き起こし、心疾患や脳血管疾患になどよる死亡リスクを高くするため、肥満の予防が大切になります。

しかし、高齢期には、健康寿命の延伸や介護予防の観点から、廃用症候群(*1)や低栄養のほうがより問題になります。

 

厚生労働省のデータによると、2019年の日本における死因は「悪性新生物(がん)」、「心疾患」、「老衰」、「脳血管疾患」の順に多くなっています(表「死因」参照)。しかし、高齢者が要支援・要介護になる要因は、死因とは異なります。要支援の原因は、「関節疾患」が理由としてもっとも多く、次いで「高齢による衰弱」、「骨折・転倒」となり、運動機能の低下が主になっています(表「要支援」参照)。要介護の原因は「認知症」がもっとも多いですが、次いで「脳血管疾患(脳卒中)」、「骨折・転倒」となっています(表「要介護」参照)

※画像はイメージです

したがって、後期高齢者では、運動機能の低下に直結する“低栄養”への対策が重要となります。健康な体を維持するには、適切な栄養摂取が必要なのです。

実際に、厚生労働省はメタボ対策からフレイル対応への円滑な移行”が必要であるとしており、生活習慣病の重症化の予防と、フレイルの進行の予防が重要視されています。 

 

フレイルは、加齢に伴うさまざまな機能変化や予備能力低下によって、健康障害に対する脆弱性が増加した状態とされ、低栄養と関わりが深いとされています。このように、高齢期では、衰弱や転倒が問題になり、新しい概念である「フレイル」が注目されています。

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口腔機能の低下から始まる「オーラルフレイル」とは?

歯科でも最近は、口腔の運動機能の低下が注目されています。平成元年(1989年)から「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020(ハチマルニイマル)運動」を推進してきたことは、ご存じの方も多いと思います。その効果もあり、当初は8020達成率が10%未満でしたが、2016年には半数を超えました。

 

しかし最近、歯があっても食べることが困難な高齢者がめずらしくないことがわかってきました。そこで日本歯科医師会は、2014年に「滑舌の低下」、「食べこぼし」、「わずかなむせ」、「かめない食品が増える」などのささいな口腔機能の低下から始まる「オーラルフレイル」という概念を提唱しています。

我々の研究でも、高齢になると、噛む力や舌の力が弱くなり、唇や舌の動きが衰え、口の中の感覚や味覚も低下することが明らかになってきました。しかしこれらは、自覚症状がなく、歯科医師が特別な検査をしないとわからないことがほとんどであり、オーラルフレイルの検査の普及が望まれます。

噛む力が弱い人ほど、低栄養をまねきやすく、病気のリスクが上がる

“歯の状態”と“食事・栄養摂取”には密接な関係があることが、すでに数多くの研究で証明されています。

たとえば、アメリカの8万人以上の女性看護師を対象にした調査によれば、歯がまったくない人は、全部そろっている人に比べて、野菜や果物などの摂取が少なく、その結果、心臓病の予防に有効な食物繊維、カロテン類、ビタミンCなどの摂取が少ないことが分かりました。日本でも、歯科医師約2万人の調査から、歯数の減少とともに、野菜類、カロテン、ビタミンA、C、乳製品の摂取が少なく、逆に、総摂取エネルギー、炭水化物、米、菓子類は多いことが明らかになっています。

 

しかし、“口腔の機能”と“食事・栄養摂取”との関係については、これまでほとんど研究がありませんでした。

我々も地域高齢者を対象とし、噛む力が弱い人は、体重が減少しやすく、「やせ」の状態になりやすいことを明らかにしました。また、噛む力が弱い人ほど、野菜類や魚介類の摂取量が減り、その結果、たんぱく質、カルシウムや鉄などのミネラル、ビタミンA、E、Cなどの抗酸化ビタミン、食物繊維などの摂取量が少なくなることを示しました。このことは、オーラルフレイルの人が、心臓病やフレイルになりやすいことを示します。

 

つまり、オーラルフレイルの高齢者では、栄養摂取量が減るだけでなく、内容も変わり、特に、たんぱく質やビタミンなど健康に重要な栄養素の摂取量が減ることが多いため、特別な指導が必要と考えられます。それともに、高齢者の食事・栄養指導の際には、歯と口腔機能の評価が必須であると考えています。

症状がなくても、定期的に歯科を受診しよう

高齢者の栄養摂取には、活動性の低下や、体と心の不調、家族をはじめとした生活環境など、多くの要因が関わっています。そして見過ごされやすい点ですが、オーラルフレイルも知らず知らずのうちに栄養摂取に影響を与えます。オーラルフレイルが進むと、食べることと飲み込むことが難しくなり、次第に食べられる食品が限られ、栄養状態が低下し、フレイルに近づきます。

高齢者は、歯科の定期健診や適切な歯科治療を受けるなど、症状がなくても歯科医院との関係を続けることが大切です。

 

【注釈一覧】

*1) 長期間にわたる過度の安静などによって、筋肉が衰えたり、関節の動きが悪くなったりと、身体機能に何らかの障害が生じること。

大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座 有床義歯補綴学・高齢者歯科学分野 教授

池邉 一典いけべ かずのり

日本咀嚼学会
American Society for Geriatric Society
国際歯科研究学会(International Association of Dental Research)

  • 日本咀嚼学会
  • American Society for Geriatric Society
  • 国際歯科研究学会(International Association of Dental Research)

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