金沢大学医薬保健研究域医学系 脳神経内科学
小野賢二郎 先生
スポンサーリンク
“認知症1000万人時代”がやってくる
わが国では高齢化の進行が早まり、超高齢社会へ突入しています。
認知症の患者数は2012年に約462万人、2025年に約675万人、2050年には1000万人を上回ると推定されており、2012年には厚生労働省の施策として「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」が策定され、早期診断・早期対応に向けた取り組みが進められました。
2019年には、認知症施策推進大綱が取りまとめられ、「認知症はだれもがなりうるもの」と明記され、“共生”と“予防”が対策の両輪とされました(*1)(*2)。
“認知症1000万人時代”を迎えようとしている現在、認知症を予防するためには何をしたらよいのでしょうか?
本コラムでは、認知症の予防について、アルツハイマー型認知症を中心に述べたいと思います。
スポンサーリンク
認知症予防のために修正可能な“後天的因子”がある
予防のための修正可能な危険因子として、(中年期)高血圧、糖尿病、肥満、脂質異常症、喫煙、身体活動、うつ病があげられます(*3)(*4)(*5)(*6)。
高血圧のアルツハイマー型認知症への寄与率は5.1%です。
認知症予防の観点から、高血圧の治療は積極的に行うべきであるといえます(*6)(*7)。
糖尿病は、アルツハイマー型認知症だけでなく、血管性認知症の危険因子でもあります。
特に中年期の血糖管理は、認知症の発症予防に必要です(*6)。
中年期の脂質異常症は、アルツハイマー型認知症の危険因子であり、特にコレステロールは厳格にコントロールすることが望ましいでしょう(*6)。
運動不足は、アルツハイマー型認知症への寄与率が12.7%と高く、定期的な身体活動はアルツハイマー型認知症の発症を抑制すると報告されています(*6)(*7)。
食事が認知症予防にもたらす効果
ここからは、食事と認知症予防との関連性について、いくつかの研究報告を交えて解説します。
【①緑茶】
石川県七尾市の中島町研究において、緑茶の摂取頻度が多い認知機能正常の高齢者群では、緑茶を飲まない群と比べて、約5年後に認知症やその前段階とされる「軽度認知障害」に進展する割合が、約3分の1に低下することが明らかになりました(*8)。
同様に宮城県で行われたコホート研究でも、緑茶摂取は将来の認知症発症リスクの低下と関連が見られました(*9)。
【②ビタミンC】
脂質の代謝に関与するタンパク質である「アポリポプロテイン E遺伝子 (APOE) ɛ 4」は、アルツハイマー型認知症発症のもっとも強力な危険因子であることが明らかになっています(*10)。
中島町研究では、APOEε4アリルを保有する正常認知機能の女性において、血中ビタミンC濃度が三分位のもっとも高い群は、もっとも低い群と比べて、将来の認知機能低下(認知症または軽度認知障害)の発症リスクが10分の1になりました。
このことより、APOEε4保有女性において、ビタミンCを豊富に含む食品を摂取することが、将来の認知機能低下のリスクを下げる可能性が示唆されました(*11)。
【③残存歯数】
中島町研究では、残存歯数が多いことと関連する食事パターン(残存歯数関連食事パターン)があることも見出しています(*12)。
残存歯数関連食事パターンは、「緑黄色野菜、葉野菜の摂取が多く、米の摂取が少ない」という特徴が見られ、このパターンをよく取り入れている群では、ほとんど取り入れていない群に比べて、認知機能低下(認知症または軽度認知障害)のオッズ比は0.43でした(*12)。
ポリフェノールによるアルツハイマー型認知症予防法の開発研究
筆者自身も、さまざまな疫学的報告に基づき、緑茶や赤ワインなどに含まれるポリフェノール類に注目して、アルツハイマー型認知症の予防・治療法開発を進めてきました。
アルツハイマー型認知症の主病態は、脳の「アミロイドβ(ベータ)蛋(たん)白(ぱく)(Aβ)」の凝集・沈着です。
我々は、フェノール化合物であるミリセチンやロスマリン酸は、試験管内でAβに結合してAβの凝集を抑制し、神経毒性を軽減させることを報告しました(*13)(*14)。
さらに、動物モデルにこれらのフェノール化合物を経口摂取させたところ、ロスマリン酸は脳内の不溶性のAβ沈着だけでなく、毒性のより高い可溶性Aβオリゴマーも減少させることを明らかにしました(*15)。
また、我々の研究では、ロスマリン酸を豊富に含むレモンバーム抽出物を用いて、健常者を対象とした第1相臨床試験において、ロスマリン酸(500 mg)含有レモンバーム抽出物の単回投与の安全性・忍容性が高いことを確認し(*16)、軽度のアルツハイマー型認知症患者を対象に施行した第2相臨床試験にて、神経精神症状の悪化を抑制できることを報告しました(*17)。
食事と運動、そして生活習慣病予防を意識しよう
アルツハイマー型認知症における発症予防のためのアプローチは、食事と運動に気をつけながらの、生活習慣病対策を意識したライフスタイルが大切です。
今後、認知症予防を念頭においたコホートおよび基礎研究の両面の推進が必要であるといえます。
【参考文献】
*1) 丸山博文.認知症への対応のこれまでとこれから.日本内科学会雑誌 109:1501-1503.
*2) 認知症施策推進大綱.令和元年6月18日.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000076236_00002.html
*3) Deckers K, van Boxtel MP, Schiepers OJ, et al. Target risk factors for dementia prevention: a systematic review and Delphi consensus study on the evidence from observational studies. Int J Geriatr Psychiatry 30: 234-246, 2015.
*4) Beydoun MA, Beydoun HA, Gamaldo AA, et al. Epidemiologic studies of modifiable factors associated with cognition and dementia: systematic review and meta-analysis. BMC Public Health 14:643, 2014.
*5) Plassman BL, Williams JW Jr, Burke JR, et al. Systematic review: factors associated with risk for and possible prevention of cognitive decline in later life. Ann Intern Med 153: 182-193, 2010.
*6) 経過と治療 認知症危険因子・防御因子 認知症の危険因子・防御因子にはどのようなものがあるか. 認知症疾患診療ガイドライン2017 pp118-120, 日本神経学会監修,医学書院,東京,2017.
*7) Barnes DE, Yaffe K. The projected effect of risk factor reduction on Alzheimer’s disease prevalence. Lancet Neurol 10: 819-828, 2011.
*8) Noguchi-Shinohara M, Yuki S, et al. Consumption of green tea, but not black tea or coffee, is associated with reduced risk of cognitive decline. PLoS ONE 9: e96013, 2014.
*9) Tomata Y, Sugiyama K, Kaiho Y, et al. Green Tea Consumption and the Risk of Incident Dementia in Elderly Japanese: The Ohsaki Cohort 2006 Study. Am J Geriatr Psychiatry 24: 881-889, 2016.
*10) Lambert JC, Ibrahim-Verbaas CA, Harold D, et al. Meta-analysis of 74,046 individuals identifies 11 new susceptibility loci for Alzheimer’s disease. Nat Genet 45: 1452-1458, 2013.
*11) Noguchi-Shinohara M, Abe C, Yuki-Nozaki S, et al. Higher blood vitamin C levels are associated with reduction of apolipoprotein E E4-related risks of cognitive decline in women: the Nakajima study. J Alzheimers Dis 63: 1289-1297, 2018.
*12) Ishimiya M, Nakamura H, Kobayashi Y, et al. Tooth loss-related dietary patterns and cognitive impairment in an elderly Japanese population: the Nakajima study. PLoS ONE 13: e0194504, 2018.
*13) Ono K, Li L, Takamura Y, et al. Phenolic compounds prevent amyloid β-protein oligomerization and synaptic dysfunction by site-specific binding. J Biol Chem 287: 14631-14643, 2012.
*14) Watanabe-Nakayama T, Ono K, Itami M, et al. High-speed atomic force microscopy reveals structural dynamics of amyloid β1-42 aggregates. Proc Natl Acad Sci USA 113: 5835-5840, 2016.
*15) Hamaguchi T, Ono K, Murase A, et al. Phenolic compounds prevent Alzheimer’s pathology through different effects on the amyloid-beta aggregation pathway. Am J Pathol 175: 2557-2565, 2009.
*16) Noguchi-Shinohara M, Ono K, Hamaguchi T, et al. Pharmacokinetics, Safety and Tolerability of Melissa officinalis Extract which Contained Rosmarinic Acid in Healthy Individuals: A Randomized Controlled Trial. PLoS One 10: e0126422, 2015.
*17) Noguchi-Shinohara M, Ono K, Hamaguchi T, et al. Safety and efficacy of Melissa officinalis extract containing rosmarinic acid in the prevention of Alzheimer’s disease progression. Sci Rep 10: 18627, 2020.