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“キュアからケアへ” 認知症と摂食嚥下障害

大阪大学 大学院歯学研究科 高次脳口腔機能学講座 顎口腔機能治療学教室 准教授

野原幹司先生

認知症高齢者の嚥下リハは、「ケア=介助・支援」への移行が求められている

口を開けてくれない、口に食べ物を溜めて飲み込まない、ゲホゲホとムセながら食べているなど、認知症の高齢者のケアにあたられているご家族や介助者の方々にとって、食事の介助は心配や苦労が絶えないことでしょう。
食事の介助は、うまくいかないと低栄養や肺炎の原因となり、生命予後に直結するため、気持ち的に非常に消耗するものです。

このように、「飲み込まない」「ムセる」といった食べることの障害を「摂食嚥(えん)(げ)障害」、もしくは「嚥下障害」といいます。
そして、嚥下障害を改善する方法が、「摂食嚥下リハビリテーション(嚥下リハ)」です。

 

嚥下リハというと「嚥下訓練(*1)」をイメージされる方も多いかもしれません。
しかし、認知症の高齢者は意思疎通が困難なことが多く、訓練の指示がうまく伝わりません。
訓練などに対する意欲がなくなるのも認知症の症状です。

それ以上に重要なのは、認知症の多くは進行性の疾患であるということです。認知症は、医学的にはだんだんと機能が低下していく病気であり、認知症によって生じる機能低下は、訓練で抗えるものではありません。

そこで大事になるのが、「キュアからケアへ」というパラダイムシフトです。

すなわち認知症の嚥下リハは、「キュア=治療」という考え方の「訓練・機能回復」ではなく、「ケア=介助・支援」という考え方にシフトする必要があります。
嚥下機能を回復させることを目的にリハを行う(キュア)のではなく、現在の機能を最大限に引き出しつつ、安全に経口摂取できるように介助・支援する(ケア)ことが求められています。

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食事の介助・支援には、認知症の“疾患別”の対応が重要

認知症の高齢者の嚥下機能は、その認知症の原因となる疾患によってまったく異なるため、食支援は画一的対応ではなく「疾患別対応」が基本になります。
疾患別対応がなされていないために、予期せぬ誤(ご)(えん)性肺炎が生じたり、過度な経口摂取禁止になったりしている患者さんをよく見かけます。
ここでは、認知症の食支援の「疾患別対応」について、アルツハイマー型認知症(AD)とレビー小体型認知症(DLB)を例にとって解説します。

◆アルツハイマー型認知症(AD)の場合の食支援

アルツハイマー型認知症の主症状は、「認知症」という名の通り「認知機能の障害」です。
誤嚥などの身体機能の障害は、終末期になるまでみられないというのが大きな特徴です。

食に関しては、中期ごろから、「嗜好が甘味に偏る」、「空腹を感じない(食べない)」、反対に「食べ過ぎる」といった症状がみられるようになります。
この段階では、大きな問題を生じることは少なく、ご家族や介助者もストレスを抱えることは多くありません。

しかし、もう少し進行すると、

  • 食事を始められない
  • 食事を中断してしまう
  • 箸の使い方が分からない
  • 食事介助を拒否する
  • 他人の食事を食べる

という症状が出てきます。
こうなってくると身体や生活に支障をきたしますので、ケア的介入が必要になります。

 

この段階での食支援のポイントは、患者さんに食べ方や訓練を強いるのではなく、疾患の特徴にもとづいて周りの環境を整備することです。

例えば、甘いものを好むのであれば、甘いもので栄養バランスを取れるような食事にする。
食欲にムラがあるのであれば、食事時間にこだわらずに食べられる準備をしておく。
箸の使い方を忘れたのであれば、箸を持たせてあげる(頭では忘れていても体は覚えていることが多いのもADの特徴です)といったケアが有効です。

患者さんの意図や希望に沿わない無理強いは、うまくいかないだけでなく、本人との関係性の悪化につながります。
患者さんを変えようとするのではなく、周りの環境を変えることが、認知症高齢者の食支援のコツです。

 

また、ADは「誤嚥しない認知症」ですが、さすがに終末期になると嚥下障害(食べたものの送り込み不良、誤嚥、窒息など)が出現します。
誤嚥に対しては訓練ではなく、「水分にとろみをつける」、「ペーストやゼリー食にする」といったケアで対応しましょう。
AD患者さんでは終末期であっても、誤嚥はするものの、それなりに嚥下機能が保たれていることが多いので、過度な経口摂取制限をしないように注意が必要です。

◆レビー小体型認知症(DLB)の場合の食支援

レビ―小体型認知症は、調子のよいときと悪いときが比較的はっきりとしている(認知機能の変動)、幻がみえる(幻視)、麻(ま)(ひ)がないのに姿勢が傾く(パーキンソニズム)、寝言が多い(レム睡眠行動障害)などの特徴をもつ認知症です。

ADとは異なり、比較的早期から嚥下障害(誤嚥)を生じるというのが大きな特徴です。
DLBでは、意思疎通がある程度可能なぐらいの比較的早い段階から、重度の誤嚥を認めることがあります。

 

一般には、誤嚥する症例に対しては嚥下訓練が行われますが、 DLBは進行性の疾患なので、誤嚥を訓練で改善することは不可能です。

訓練で改善しないのであれば何もできることはないかというと、そうではありません。
DLBが誤嚥しやすく、肺炎のリスクが高いという特徴を知ったうえで、食事メニューの変更や食事の介助を行えば、ある程度は肺炎を予防することができます。

具体的には、「水分にとろみをつける」、「調子のよいときに食事をする」、「きざみ食にはあんをかける」、などです(※詳細は参考図書をご参照ください)。

 

DLBは他にも、嗅覚障害、食事性・起立性低血圧、消化管運動障害(便秘)といった、食事に影響を与える特徴がありますが、これらDLBに起因する症状も訓練では改善しません。
認知機能低下が進むと自ら訴えられなくなるため、ご家族や介助者が気にかけ、先回りしてケアに生かしましょう。
具体的には、「香り豊かな食事を提供する」、「食後や姿勢変換後の血圧を気にする」、「排便コントロールを行う」などです。

「キュアからケアへ」を意識した食支援で、認知症高齢者の生活に“彩(いろどり)”を

「認知症の高齢者の嚥下リハは意思疎通ができないので難しい」と言われることがありますが、「キュアからケアへ」を意識すれば、できることは数多くあります。

安全に「食」を楽しめるということは、人生の最終章を迎えた認知症の高齢者にとって、最高の生活の彩(いろどり)となります。
その彩を枯らさないためにも、認知症ひと括りではなく、原因疾患の特徴に合わせた食支援を心がけましょう。
認知症の原因疾患別食支援が全国に広まることを願っています。

【参考図書】

『認知症患者さんの病態別食支援~安全に最期まで食べるための道標』野原幹司編著、メディカ出版、2018

【注釈一覧】

*1)嚥下に関わる器官や筋肉に働きかけ、誤嚥などを防ぐ訓練。舌や喉のトレーニングや、首・肩の運動など。

 

大阪大学 大学院歯学研究科 高次脳口腔機能学講座 顎口腔機能治療学教室 准教授

野原 幹司のはら かんじ先生

日本口蓋裂学会
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