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認知症予防の観点からも注目。“化粧療法”の効果

国立精神神経センター病院長(脳神経内科)

阿部康二 先生

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化粧には、“美容のため”以外にもさまざまな効果がある

化粧という行為は、一般的には健常者の美的レベル向上のために行われるイメージですが、ほかにもさまざまな効果があります。
例えば、高齢者に対し、大脳の広い範囲が活性化することによる神経心理的な好影響や、顔の筋肉や唾液腺のマッサージによる嚥(えん)(げ)機能向上、ストレス緩和作用などの生理的な好影響も知られています。

このたび、日本介護美容セラピスト協会との共同研究として、高齢者介護施設における「化粧美容セラピー」の効果について前向き臨床試験(*1)を実施したところ、その日のうちに改善する“情動面での早期効果”と、継続によって改善する“知的面での長期効果”が認められました。
今回のコラムでは、それぞれの効果について詳しく解説します。

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化粧をすることで脳が活性化する

人間が顔を見る際には、目の網膜→視神経→大脳後(こう)(とう)(よう)→海(かい)(ば)→右側(そく)(とう)(れん)(ごう)(や)(右紡(ぼう)(すい)(じょう)(かい)(かお)領域、fusiform face area、FFA)へと情報が伝達され、顔として認識されます。
しかし、その美的評価については、海馬→眼(がん)窩(か)前頭皮質(orbitofrontal cortex, OFC)への経路が重要です。
この眼窩前頭皮質、すなわちOFCは、脳の前(ぜん)(とう)(ぜん)(や)の腹側、具体的には眼球がおさまっている眼窩の直上に位置し、新しく集められた情報と過去の経験情報などのネットワークを総合して、価値評価を伴う最終的な意思決定(報酬、reward)を担っています。

従って、人間が顔の視覚情報をOFCで処理しているということは、FFAで認識した顔とその表情について、OFCを活性化させ、美しいかどうかなどの美的価値判断や、報酬の期待、つまり、「楽しい」「うれしい」などの意思決定をしているということです。

同じようにfMRI(*2)を用いた研究では、自分のノーメイク顔を見たときは脳の左尾(び)(じょう)(かく)(caudate nucleus、CN)が活性化し、自分の化粧顔を見たときは、他人の顔を見たときと同様にFFAが活性化されました(文献1,2)

左尾状核は、主に報酬や幸福感などに関わる部位です。
つまり、自分のノーメイク顔を見たときはCNの活性化によって、安心感情や、化粧後の自分に対する美的報酬の期待などの好影響が発生していること、また、化粧した自分の顔を見たときはFFAが活性化し、社会的存在として、他人の顔と同様に自分の顔を客観的に認識していることが推測されます。

このように、化粧という行為は、脳のさまざまな部位を活性化させることがわかります。

その日のうちに、喜びなどの情動機能が改善する

認知症患者に対する認知リハビリテーション療法としての化粧療法は、まだ始まったばかりです。
光トポグラフィー(*3)を用いた研究では、化粧前後での前頭前野における脳の血流増加(脳賦(ふ)活(かつ)効果)は見られませんでしたが、気分の変化を検出するface-scale得点は、化粧前後で有意に改善しました。
これは、化粧美容セラピーの介入によって、喜びなどの情動機能の改善効果が認められたものといえます(文献3)
私たちの研究でも、認知症患者は認知リハビリテーション介入によって、まず情動機能が改善し、追って知的機能が改善するという治療効果の時間軸が明らかにされています(文献4)

そこで、コラムの冒頭で述べたように、日本介護美容セラピスト協会との共同研究を行い、このような化粧美容セラピーの認知症患者に対する効果について前向き臨床試験を実施しました。
試験においては、情動機能と知的機能、日常生活動作(ADL)の3点について、岡山大学が独自に開発したAI(artificial intelligence)も併用して検討しました[図1]

[図1]コンピューターを用いたAI診断で、各種疾患の見た目年齢と実年齢とのギャップならびに顔表情を診断

試験では、大阪市内の2つの高齢者介護施設において、平均年齢90歳で知的MMSEスコア(*4)が平均11~13点の中等度認知症の入所者に対し、プロの介護美容セラピストが施療を行いました。
顔マッサージのみを17例、顔マッサージ+顔の化粧を19例に施療したところ、早期効果としては、化粧前後で知的機能は変化が見られませんでしたが、情動機能においては、阿部式BPSDスコア(ABS、文献5(*5)が有意に改善されました[図2]

[図2]化粧療法同日の早期効果(情動スコアABSに有意の効果が出ている)

またベースとなる知的MMSEスコアが良好な入所者ほど、情動ABSの改善効果が認められました。さらにAIによる顔表情診断では(文献6)、ADLスコアが6~15点の中等度ADL低下者で、喜びの表情が優位に増加しました。

これにより、化粧介護セラピーが、高齢認知症入所者に早期効果として情動機能の改善と、AIによる顔表情診断における“喜び”のスコアの増加をもたらすことが示されました(文献7)

続けることで、知的機能、見た目年齢、ADLにも効果が

長期的効果については、施設入所者34名を2群に分け、隔週に顔マッサージのみ16例、あるいは顔マッサージ+顔の化粧18例を施療する試験を行いました。
入所者の平均年齢は89~90歳であり、ベースとなる平均MMSEスコアは11~13程度の中等度認知症患者です。

開始時点と比べて、化粧療法を実施して通算3ヶ月目の結果は、知的MMSEスコアが顔化粧群では5点近く有意に改善し、同じ知的HDS-R(*6)も、有意差こそ付きませんでしたが、同様に改善しました[図3上]。それに対して、情動機能やADLは、両群で差がありませんでした。

[図3]化粧療法3ヶ月目の長期的効果

知的MMSEスコアの改善(上)、うつの無い化粧患者群での見た目年齢若返り(中)、顔化粧群におけるAI喜びスコア改善群でのADL維持改善(下)の3点に注目

また、開始時点の情動別解析では、特にうつ症状のない(GDS:0~4点)(*7)顔化粧群において、AIによる見た目年齢診断で有意差をもって若返ったと判定されました[図3中]
さらに顔化粧群の中では、AIによる顔表情診断で“喜び”のスコアが増えた入所者において、ADLの維持・改善が認められました[図3下]

これらのことから化粧療法は、単回でも早期的な「情動改善効果」に加えて、継続施療による長期的効果として「知的機能の改善」と「見た目年齢の若返り」、「ADL改善効果」をもたらすだけでなく、継続的な「表情改善(喜び表情の持続)」も得られることが示されました。

このような高齢認知症患者に対する化粧療法は、脳活動を広く活性化することで、高齢健常者の健康増進や、認知症予防の観点からも注目されています。
化粧という行為による脳活動活性化への好影響について、医学的に活用することを目的に設立された日本化粧医療学会は、2021年5月から専門医ならびに専門士(一部は特別アンバサダー)資格の認定を始めています。
筆者は、専門医の第一号です。
今後、この資格がますます広まっていくことを期待しています。

【用語解説】

(*1)現在から未来に向かって(=前向きに)対象を追跡しながらデータを集め、将来どんな現象が生じるかを調査する臨床試験。

(*2)MRIを使って、脳の活動を調べる方法。

(*3)近赤外光を利用して、脳の活動を調べる方法。

(*4)ミニメンタルステート検査。認知機能の状態を評価する検査のひとつで、11の項目からなる。30点満点中24点未満で「認知症の疑いがある」と評価される。

(*5)認知症の人の行動・心理症状(BPSD)の程度を評価するスケールのひとつ。

(*6)改訂長谷川式簡易知能評価スケール。認知機能の状態を評価するもので、30点中20点以下で「認知症の疑いがある」と評価される。

(*7)老年期うつ病評価尺度。高齢者のうつ症状の程度を評価する。

【参考文献】

(文献1) Mogi K et al., Effect of facial makeup on people’s behavior, Society for Neuroscience, Chicago, USA (2009)

(文献2) 恩蔵絢子、自己認識と美、日本バーチャルリアリティ学会誌 2012; 17: 8-13.

(文献3) 堀田和司、認知症予防としての化粧活動を用いた作業療法介入の効果検証、茨城県立医療大学 平成23年度症例研究報告書 pp.45-46.

(文献4) Tokuchi R, Hishikawa N, Takao Y, Wakutani Y, Sato K, Kono S, Ohta Y, Deguchi K, Yamashita T, and Abe K, Cognitive and affective benefits of combination therapy with galantamine plus cognitive rehabilitation for Alzheimer’s disease. Geriatr. Gerontol. Int. 2016; 16: 440-445.

(文献5) Abe K, Yamashita T, Hishikawa N, Ohta Y, Deguchi K, Sato K, Matsuzono K, Nakano Y, Ikeda Y, Wakutani Y, Takao Y. A new simple score (ABS) for assessing behavioral and psychological symptoms of dementia. J Neurol Sci. 2015; 350: 14-17.

(文献6) Tadokoro K, … Abe K. Brain Supplement 2021; 3: 1-7

(文献7)Tadokoro K, … , Tani T, Abe K., JAD 2021; 83: 57-63

(文献8) Tadokoro K, … , Tani T, Abe K., J Alzheimers Dis. 2022; 85: 1189-1194

 

 

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