順天堂大学大学院医学研究科認知症診断・予防・治療学講座 客員教授
田平 武 先生
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“予防”といっても、段階ごとに対策は異なる
認知症の予防には、3段階あるのをご存じですか?
1.認知症になってから
2.もの忘れが気になりだしてから
3.もの忘れも何もない段階から
この3つです。本稿では、各段階の具体的な予防策について解説します。
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『1.認知症になってからの予防』は、病気の進行を防ぐために行う
認知症になってからの予防は、進行の予防(三次予防)になります。
脳出血や脳梗塞による「脳血管性認知症」の進行予防には、血圧のコントロール、脂質異常症の治療、血液をサラサラにする薬等による脳梗塞の予防などが行われます。
「アルツハイマー型認知症」に対しては、「ドネペジル」、「リバスチグミン」、「ガランタミン」、「メマンチン」といった抗認知症薬の使用で、進行を少し遅くすることができます。
しかし、これらの薬は根本的な治療薬ではなく、やがて病気は進行していきます。
アルツハイマー病の進行を根本的に抑える薬は、現在開発中です。
「アデュカヌマブ」という薬を米国は承認しましたが、日本は承認を見送りました。
これに次ぐ有望な薬として、「レカネマブ」、「ドナネマブ」が治験中で、ほかにもたくさんの薬が治験中です。
私は、アミロイド遺伝子をウイルスベクターに組み換えた、飲む能動免疫薬を開発しています(*1)。
しかしながら、みなさんがこれらの薬の恩恵にあずかるのは、まだまだ先のことです。
では、今現在どうするか。
私は、認知症の方の環境を整え、ストレスの少ない、穏やかな生活が送れるようにしてあげることが最も重要だと考えています。
そのためのポイントは、介護者の接し方にあります。
認知症の人は日々の生活の中で、「また失敗するのではないか」、「また叱られるのではないか」と不安になり、同じことを何度も聞いてきます。そこで介護者が怒ったり、手をあげたりすると、認知症の人はますます不安になり、症状はどんどん悪化していきます。
つまり、1つ目のポイントは、介護者が優しい接し方、穏やかな接し方に徹すること。
すると認知症の人の不安は減り、ストレスも減り、認知症の進行は緩やかになるようです。
次に大切なことは、①軽い運動、②バランスの取れた栄養、③人との交わり(社会的活動)です。
これらを手っ取り早く行うには、デイサービスに行くことです。
千葉大学名誉教授であられた多(た)湖(ご)輝(あきら)先生は、認知症の予防は「きょういく」と「きょうよう」だと表現されました。
「きょういく」というのは“教育”ではなく、“きょういくところ(今日行く所)がある”、「きょうよう」というのは“教養”ではなく、“きょうようじ(今日用事)がある”ということだそうです。デイサービスは、まさにそれです。
とはいっても、デイサービスをどうしても嫌がり、行きたがらない認知症の人もいらっしゃいます。
そういう場合、無理やり行かせると逆効果になります。
どうしても嫌だという人には、無理強いせず、介護者ができるだけそれに代わるものを提供してあげるようお願いしたいところです。
『2.もの忘れが気になりだしてからの予防』は、生活習慣の改善も重要
第2の予防は、もの忘れなどが気になりだしたころからの予防(二次予防)です。
軽度認知障害(MCI)の人は認知症の予備軍であるとされ、何もしないでいると、毎年15%くらいの人が認知症に移行するといわれます。
しかし、この段階で予防をしっかりすると、認知症になるのが遅れ、正常に戻ることもあるといわれています。
この時期にはしっかり認知症予防に取り組む必要があり、厚生労働省は、その予防に力を入れています。
では何をやるかというと、やはり①適度な運動、②バランスの取れた栄養、③人との交わりです。
加えて、④生活習慣病と呼ばれる高血圧、糖尿病、脂質異常症などをきちんとコントロールする必要があります。
2019年、WHOは認知機能低下および認知症のリスク低減に関するガイドラインを定めました。
これは、厚労省の研究班により和訳されています(*2)。
これには前述の①~④に加え、「禁煙」、「過度のアルコール摂取を控えること」、「うつ病対策」、「難聴対策」も含まれています。
フィンランドでは、地域住民を対象に栄養指導、運動、認知トレーニングを組み合わせた介入試験(FINGER)を2009年より始め、一定の成果を上げています。
これは本サイトにおいて長田乾先生が詳しく紹介されています(*3)。
また、朝田隆先生が院長を務めるメモリークリニックお茶の水は、これらを積極的に取り入れたデイケアを展開している一例です。
『3.もの忘れも何もない段階からの予防』は、老化予防が軸になる
3つ目の『もの忘れも何もない段階からの予防』は、脳に認知症を起こす病変が全くない段階から始め、認知症の病変の出現を抑えます(一次予防)。
一次予防とは、“貯(たくわ)え”を多くし、老化を予防することです。
骨にしても筋肉にしても、若いころたくさん作っておいたほうが、老化や病気により少しずつ減ったとしても、長持ちすることは容易に理解できます。
脳には神経細胞がたくさんあり、ネットワークを形成して機能しています。
脳の場合は、この“ネットワークの量”を増やすことが大切です。
それはとりもなおさず、若いころどれだけ勉強したかにかかっています。
教育期間が長い人のほうが、短い人より認知症が少ない理由がそこにあります。
教育期間は数えやすく比較しやすいので、そういうデータがあるのですが、実際は学校に行った期間ではなく、“脳をどれだけ使ったか”によります。
たとえば、子供はパソコンゲームをするより、外で友達と一緒に遊ぶほうが、脳はずっとよく発達します。
大人になってからは趣味活動、特に、人との交流を伴う趣味活動が、脳の予備能を増やします。
また、読み書きはとても大切で、特にインプット(読む、聞く、見ることにより情報を得ること)よりもアウトプット(得た情報を書いたり人に話したりすること)が大切です。
老年期の認知症は「老化」が最大の危険因子ですから、老化を遅らせることが最大の予防になります。
老化のメカニズムはまだ完全には分かっていませんが、活性酸素の関与が重要だといわれています。適度な有酸素運動は体内の抗酸化物質を増やし、活性酸素の発生を抑えるといわれています。
また、抗酸化物質を多く含む食品(ナッツ類=ビタミンE/フルーツや新鮮野菜=ビタミンC/緑黄色野菜やブルーベリーなど=ポリフェノール/魚=DHA、EPA)は、認知症予防によい食品であり、老化予防にもよいといえます(写真参照)。
最後に、自分勝手な人、思うようにいかないとすぐ怒る人は、認知症になってからの進行が早いように思われます。
性格形成、人格形成が、認知症の発症予防、進行予防に重要だとつくづく思います。
【参考文献】
*1)田平 武:「アルツハイマー病の予防」NHKワールド Medical Frontiers, Prevention of Alzheimer’s Disease, 2020年12月8日放送。※YouTubeで今でも見ることができます (https://www.youtube.com/watch?v=wdMxy3Ax7Fo)
*2)邦訳検討委員会訳:WHO ガイドライン『認知機能低下および認知症のリスク低減』、日本総合研究所編集、2020
*3)長田乾:「”FINGER“で認知症予防」健達ねっと ドクターズコラム、2021
【抗酸化物質を多く含む食品例】
私は普段から、畑で採れた色とりどりの野菜やブルーベリーなどをせっせと食べています。
【プロフィール】
田平 武(たびら・たけし)
医学博士、日本神経学会専門医、日本認知症学会専門医、日本抗加齢医学会専門医
認知症の早期発見、予防・治療研究会代表世話人
略歴
1945年 満州熱河省生まれ
1970年 九州大学医学部卒業
1974年~ 米国NIH, NINCDS研究員
1977年~ 九州大学医学部附属病院助手、講師
1983年~ 国立武蔵療養所神経センター部長
1986年~ 国立精神・神経センター神経研究所部長
2001年~ 国立療養所中部病院長寿医療研究センター長
2004年~ 国立長寿医療センター研究所長
2009年~ 順天堂大学大学院医学研究科客員教授
物忘れ外来医師:くどうちあき脳神経外科クリニック(大田区大森北)
メモリークリニックお茶の水(文京区湯島)
河村病院(岐阜市)
アルツハイマーワクチンの開発、認知症専門医として診療にあたり、認知症とサプリメントにも詳しい。
著書に『アルツハイマー病に克つ』(朝日新書、2009)、『かかりつけ医のための認知症診療テキスト 実践と基礎』(診断と治療社、2014)、『認知症の診断・治療・対応・予防Q&A』(日本医事新報社、2019)など、ほか多数。