介護の現場での問題の1つに、高齢者の身体拘束があります。
身体拘束は高齢者の人権にかかわるだけでなく、認知症を悪化させたり死期を早めたりする点が問題です。
本記事では高齢者の身体拘束について、以下の点を中心にご紹介します。
- 高齢者の身体拘束の定義・原因
- 高齢者の身体拘束が許される特例ケース
- 高齢者の身体拘束に伴う4つの弊害
高齢者の身体拘束を知るためにもご参考いただけますと幸いです。
ぜひ最後までお読みください。
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高齢者の身体拘束とは?
まずは高齢者の身体拘束について、定義や原因をみていきましょう。
身体拘束の定義は?
身体拘束とは、徘徊・他人への迷惑の予防のために、高齢者の身体的自由を奪うことです。
ベッドや車いすの高齢者を縛りつけるほか、部屋に閉じ込める行為や、向精神薬を使って身体の自由を奪う行為も含まれます。
厚生労働省は身体拘束を以下のように定義しています。
「衣類又は綿入り帯等を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を抑制する行動の制限をいう」
出典:厚生労働省【精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十六条第三項の規定に基づき厚生労働大臣が定める行動の制限】
介護施設・病院などでは、高齢者への身体拘束は原則禁止されています。
ただし特例として身体拘束が許される場合もあります。
特例条件とは、「切迫性・非代替性・一時性」の3原則を満たす場合です。
特例条件と3原則については後ほど解説します。
身体拘束をする原因は何がある?
身体拘束を行ってしまう原因として、以下が挙げられます。
- 歩行中の転倒を防ぐため、歩行そのものを妨げる
- 転落防止のため、ベッド・車いすから立ち上がるのを妨害する
- 点滴・経管栄養などのチューブの抜き取りを防止する
- 皮膚をかきむしるのを防止する
- 徘徊を防ぐ
- 他人に迷惑をかけるのを防ぐ
- 衣服を脱いだり、おむつを外したりするのを防ぐ
多くの場合、身体的拘束は高齢者の安全を図るために行われます。
とくに認知症の方は、思考力が低下しているために予想外の危険にさらされる場面が多いです。
代表的なケースは徘徊です。
認知症の方が、1人で遠くまで出かけてしまうケースは少なくありません。
外出中に人気のない場所で転倒したり、段差から転落したりするケースも非常に多いです。
高齢者の転倒・転落・事故は死に直結します。
徘徊による転倒・事故を防ぐための手段として、徘徊そのものの防止があります。
結果、高齢者を椅子やベッドに縛り付けるという身体拘束が起こりやすくなります。
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身体拘束は禁止されている?
身体拘束の是非や、身体拘束が認められる特例について解説します。
身体拘束は原則禁止
2000年4月の介護保険法の整備に伴い、高齢者の身体的拘束は原則禁止となりました。
厚生労働省は『身体拘束ゼロへの手引き』を発行するなど、身体拘束ゼロ作戦を推進しています。
多くの介護施設・病院でも、身体拘束ゼロを目指しています。
ただし、やむを得ない事情がある場合には特例として身体拘束が認められます。
つまり介護施設や病院において、高齢者が身体拘束されるケースは皆無ではありません。
やむを得ず身体拘束する時の条件は?
身体拘束は、厳しい条件を満たす場合にしか認められません。
具体的な条件は以下の3つです。
- 切迫性:いのち・身体への危険度が高い
- 非代替性:他に方法がないこと
- 一時性:あくまで一時的な拘束であること
特例で身体拘束を行うときは、上記3つの条件をすべて満たす必要があります。
なお、3つの条件にあてはまるかどうかは、複数の職員で検討しなければなりません。
あわせて、身体拘束に関する議論や実施内容の記録の作成も求められます。
さらに、身体拘束には家族の同意を得るのが一般的です。
身体拘束は特例で認められてはいますが、実施にはさまざまな手続きが必要です。
身体拘束の事例には何がある?
高齢者の身体拘束にあたる具体的な行為を11個挙げます。
厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」を参考にしています。
- 徘徊などの予防として、ヒモを使ってベッド・車椅子などに胴・手足を縛る
- 転落を防ぐため、ヒモを使ってベッド・車椅子などに胴・手足を縛りつける
- ベッドの周囲を柵で囲むなどして、自力でベッドから降りられないようにする
- 点滴やチューブを自分で抜かないように、手足をベッドなどに縛りつける
- 点滴やチューブの抜き取り、あるいは皮膚のかきむしりを防ぐため、ミトン型の手袋をかぶせて指を動かせないようにする
- 車椅子・いすからの転落や立ち上がりを防ぐため、ベルト・テーブルをつけて車椅子・椅子に縛りつける
- 自力で立ち上がれる高齢者を、座面が大きく傾いている椅子に座らせるなどして、立ち上がるのを妨害する
- 衣服やおむつを脱ぐのを防ぐため、自力では着脱が難しい衣服を着せる
- 周囲に迷惑をかけないように、ヒモを使ってベッドなどに胴・手足を縛る
- 落ち着かせるために向精神薬などを過剰に使用し、強制的に安静にする
- 鍵のかかった部屋など、自力で脱出できない部屋に閉じこめる
身体拘束が禁止された理由は?
身体拘束が禁止されているのは、高齢者の人権擁護や生活の質の低下にかかわるためです。
身体拘束は、人間としての尊厳を傷つける行為です。
また強制的に身体の自由を奪われることで、身体機能が著しく衰え、結果として死期がはやまるケースも少なくありません。
たとえ身体機能は維持できても、生きる意欲そのものを失うケースもあります。
身体拘束は人間としての尊厳を傷つけ、高齢者の生活の質を大きく低下させるため原則禁止されています。
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身体拘束には多くの弊害がある?
身体拘束には主に4つの弊害があります。
身体的弊害
長時間拘束されると、当然ながら身体を自由に動かせなくなります。
運動不足になるため、筋力の低下や関節の硬直といった身体機能の低下が起こりやすくなります。
身体機能の低下は体力の低下でもあります。
心身が弱ることで食欲が減退したり、感染症のリスクが高まったりする可能性もあります。
- 長時間同じ姿勢を強要されるため、関節の萎縮・筋力の低下が起こる
- 床ずれの悪化や、傷口から感染症が起こる
- 運動不足や身体的な圧迫により食欲が減退する
- 体力の低下により、感染症などのリスクが高まる
- 拘束状態から無理やり脱出しようとして、車いす・ベッドなどから転落・転倒する
精神的弊害
身体の自由を奪われることは、本人だけでなく家族にも大きな精神的苦痛をもたらします。
とくに認知症の方は状況把握が困難であるため、なぜ身体の自由を奪われるのか理解できません。
戸惑いや不安ばかりが増すため、精神的苦痛はさらに大きなものとなります。
混乱や不安が、症状を悪化させることも少なくありません。
- 身体を拘束される怒り・悲しみ
- 生きる気力が失われる
- 人間としての尊厳を傷つけられる
- 認知症・せん妄の悪化
- 家族の動揺・罪悪感などの精神的苦痛
社会的弊害
身体拘束を行っていることが明らかになれば、その施設への社会的な信用は失墜します。
不信感は該当施設のみならず、介護施設・有料老人ホームのほか、介護業界そのものに向かうおそれもあります。
身体的拘束が、思わぬ経済損失に発展するケースもあります。
たとえばベッドの柵を乗り越えようとした高齢者が転落し、大ケガを負ったとしましょう。
施設には医療費などの賠償が求められるため、経済的な損失が発生します。
- 施設への社会的信頼の低下
- 介護業界全体への社会の不信感
- 身体拘束が原因で発生した医療費などの損失
介護施設内の弊害
身体拘束は、実施する側にとっても気持ちの良いものではありません。
身体拘束が施設スタッフの罪悪感や士気の低下を招くケースは、意外に多いものです。
身体拘束は悪循環を生む?
高齢者の身体拘束は悪循環に陥りやすいという特徴があります。
たとえば認知症の方の徘徊防止のために身体拘束を行うとしましょう。
徘徊を防止するのは、事故・転倒などのトラブルを回避するためです。
ちなみに、認知症による徘徊行動は一時的なものではありません。
多くの場合、徘徊は何度も繰り返されます。
徘徊のたびに身体拘束を行えば、身体拘束そのものが慢性化しやすくなります。
つまり、認知症の方がベッドの上で過ごす時間は自然と長くなってしまいます。
寝たきりの生活は外部からの刺激が少なく、単調になりがちです。
すると脳の老化スピードがはやまるため、ますます認知症が悪化しやすくなります。
認知症が悪化すれば、それだけ状況も悪くなります。
たとえば徘徊以外の症状があらわれやすくなります。
認知症による症状には、罵声・暴力・幻覚などがあります。
他人に迷惑をかける場面が多くなれば、ますます身体拘束せざるを得なくなります。
結果として、高齢者が四六時中ベッドに縛り付けられるという事態に発展しかねません。
もともと身体拘束は、徘徊による事故から本人を守るために行われました。
しかし結果をみれば、身体拘束は認知症の悪化を招きます。
認知症の方の心身の健康を損なっただけでなく、さらに厳しい身体拘束をせざるを得ないという状況に陥ったのです。
上記の例のように、安易な身体拘束が悪循環を生むことは少なくありません。
身体拘束の廃止に重要な5つの方針
厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」は、身体拘束を回避するための5つの基本方針を掲げています。
トップが決意し、施設や病院が一丸となって取り組む
施設・病院の責任者などが、身体拘束を行わないという姿勢を強く打ち出すことが大切です。
組織のトップが基本姿勢を示すことで、現場全体の意思も身体拘束廃止に向けてまとまりやすくなります。
みんなで議論し、共通の意識をもつ
個々の価値観・考え方は異なります。
職員の中に身体拘束を容認する考えを持つ方がいたとしても、一概には責められません。
しかし実際に身体拘束を実施するかどうかは、別の問題です。
身体拘束は原則禁止されている行為です。
身体介護の実施を防ぐには、現場全体で問題意識を共有しなければなりません。
身体介護の弊害や具体的な対策を全員で話し合い、現場全体で「身体拘束は許されない」という意識を共有しましょう。
身体拘束を必要としない状態の実現をめざす
身体拘束しなければならない状況を改善します。
高齢者の心身状態と改めて向き合い、身体拘束以外に工夫できる点を探しましょう。
具体的には、高齢者の事故・問題などの原因を探り、その対策を考えます。
たとえばベッドからの転落が多いなら、ベッドの高さを見直しましょう。
事故が起きにくい環境を整備し、柔軟な応援態勢を確保する
転倒などの事故が起きにくい環境があれば、身体拘束をする必要はありません。
手すりの設置やベッドの高さの見直しなどを行いましょう。
あわせて、施設職員が全体で支え合う環境づくりも重要です。
人手が足りない現場では、身体拘束の確率が高くなります。
反対に人手が十分であれば、身体拘束以外の選択肢を選べます。
緊急対応には施設全体で応援態勢をとるなど、スタッフ間でのサポート体制を築きましょう。
常に代替的な方法を考え、身体拘束するケースは極めて限定的に
身体拘束以外の手段はないのか、つねに職員全体が模索しましょう。
たとえ身体拘束を実施している最中であってもです。
身体拘束そのものに問題意識を持つことで、安易な身体拘束が行われにくくなります。
身体拘束を行わないケアをするために
高齢者のケアから身体拘束を排除するには、身体拘束しなければならない原因を取り除くことが必要です。
以下の3原則にしたがって、ケア方法を見直しましょう。
身体拘束を誘発する原因を探り、除去する
まずは身体拘束せざるを得ない原因を特定します。
身体拘束の主な原因は以下の通りです。
- 徘徊による転倒・事故
- 興奮などによる他人への迷惑行為
- 点滴などの抜き取り
- 自傷行為
- 体位保持が困難
上記の行動にはなにか理由があることがほとんどです。
まずは、高齢者が問題行動を起こす理由を特定しましょう。
適切に対処すれば、身体拘束せざるを得ない状況の解消が期待できます。
5つの基本的ケアを徹底する
高齢者1人1人の心身状態にあわせて丁寧なケアを行いましょう。
なお、高齢者ケアの基本方針は以下の5つから成り立ちます。
- 起きる
- 食べる
- 排泄する
- 清潔にする
- 活動する(アクティビティ)
身体拘束廃止をきっかけに「よりよいケア」の実現を
ケアの最終手段から身体拘束という選択肢を外しましょう。
最終手段がなくなれば、代替案や工夫を考える姿勢が現場全体に定着しやすくなります。
つまり身体拘束に頼ることなく、よりよいケアの実現に目が向きやすくなるのです。
また、よりよいケアの実現を明確な目標に掲げることで職員の士気の高まりも期待できます。
身体拘束のまとめ
ここまで、高齢者の身体拘束についてお伝えしてきました。
要点を以下にまとめます。
- 高齢者の身体拘束とは、転倒・事故などの防止のために、拘束具や衣服で高齢者の身体的自由を奪うこと
- 高齢者の身体拘束が許されるのは、切迫性・非代替性・一時性が認められ、かつ複数職員による確認手続きと家族の同意が得られた場合のみ
- 高齢者の身体拘束の4大弊害とは、身体的弊害・精神的弊害・社会的弊害・施設内の弊害
これらの情報が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。