朝起きて、トイレに行き、顔を洗い、歯磨きして、着替える。一つ一つの動作は体の動きをなど意識せずに行っています。新しい家電の使い方を覚える、組み立て家具を購入し説明書を見ながら作るような場合は別にしても、日常で繰り返される多くの動作は手続き記憶といって、体がその動きを記憶しているため、いちいち意識せずに動作を行うことができます。
逆に、日常の動作は意識した途端にうまくできなくなることもあると考えてみると良いと思います。例えば、単純に前進すれば良い運動会の行進で手足が揃ってしまう、覚えたはずのダンスが人前では動きがバラバラになるなど、似たような経験は誰もがしているのではないでしょうか。
ちょっとした動作も人前で緊張を強いられるとき、普段とは違う環境で行うなどのあらたまった状況、つまり意識的に動作を行うことが要求される場面では、手続き記憶を取り出すことが難しくなり、うまく体が動いてくれなくなる場合があります。
高齢者のベッドから起き上がる介助を例に考えてみますと、介助者はつい、手すりの“ここ”を握ってください、“○○”に力を入れてくださいと、具体的で細かい指示をしてしまいがちです。
しかし、慣れた動作も意識が介入するとうまく体が動いてくれないこともあるわけですから、指示の仕方には注意する必要があります。ムカデ(百足)に歩き方を尋ねたら歩けなくなったというイギリスの有名な寓話がありますが、細かいことを意識するとうまくいかないのは世界共通です。
まずは、「どうぞ起き上がってください」と体の動きを意識させないような声かけから始めます。指示が必要な場合は、あれもこれもと言いたくなる気持ちをグッと抑えて、なるべく一つのことに絞って伝えるのが良いです。
特に認知症の方では、次々と指示をされても脳が処理しきれずにかえって混乱してしまいます。
手続き記憶をうまく取り出すことができずに手足の揃ってしまった行進、同じく“井森ダンス”と称され今でもたびたび放映される、タレント井森美幸さんのデビュー前のぎこちないダンス。これらの光景は他者の目に微笑ましく映りますし、本人の評価が下げられるほどのものでもないと思います。
しかし、介助者があれこれと指示してしまったがために、意識してしまい、本当はできるはずの動作がうまくいかずに「できない」、「できなくなった」というレッテルが貼られてしまう高齢者がいるのであれば、笑い事では済まされません。