前号で、「我が家から出るのはなぜか」という観点から「なぜ、我が家に戻るのか」を考察したことを書かせていただいたところ、記事を読んでくださった仲間から次のようなメールを個人的にいただきましたので、承諾得てご紹介させていただくこととしました。
ステキなはなし
介護保険制度に基づく認知症対応型共同生活介護事業所(以下 グループホーム)で仕事をしていた時のことです。
ガンさん(仮名)は、大工の棟梁で2世帯住居の自宅と家財道具のすべてを自分で作った人でした。配偶者との死別後アルツハイマー型認知症により昼夜問わず屋外に出てしまい、同居している息子家族が疲弊しグループホーム(以下 事業所)に入居となりました。
予想通り入居された日から「家に帰る」と言われたので、ご自宅に帰ることに自分が付き添いました。
ご自宅に伺って思ったことは「そりゃ自宅に帰りたくなるよな」と思わず声が出たほどご本人の思い入れが詰まったご自宅で「事業所に連れ戻すのは諦めようかな」と思ったほどです。
その日、どうやって事業所に帰れたのかは憶えていませんが、その後、ご家族から2世帯住宅1階部分のカギを預かり、入居から3か月間、1日も欠かさず時間を問わずに家に帰れるように職員一同で支援しました。
北海道の2月の真夜中の外出はめちゃくちゃ寒かったのですが、寒いと結構早めに事業所に引き返してくれるのでむしろ助かった記憶があります。
そのうち事業所の他の入居者を連れてご自宅にうかがうようにしたものですから、ガンさんが他の入居者をご自宅でもてなす構図になりました。
ガンさんが、それをどのように理解されていたかは不明ですが、毎日繰り返しているうちに、ある時を境に自宅で過ごしている最中に「そろそろ、帰るか」と言われるようになりました。
また、毎日言われていた「家に帰る」の言葉は聞こえなくなり、逆に自分たちのほうが「遠慮しているのかも」と気遣ってしまい「ガンさん、家に帰りませんか」と聞いてみたのですが、「今日はいいや」と返され、自分たちのほうが混乱したことを思い出しました。
和田さんの記事を読んでガンさんを懐かしく思い出しましたが、これを「事業所が自分の居場所になったのね」と言われた方がいますが、私は「お年寄りのやさしさと強さなんじゃないかな」「若い者に迷惑掛けてられないなといった想いから今を受け入れた瞬間なんじゃないかな」と思っています。
ステキな実践を一般化しにくい「制度と現実の職員配置数」
ステキな実践ですね。でも、この方のように、本人の意思に沿って支援すること(利用者本意に基づく支援)はなかなかできるものではありません。
というのもグループホームの共同生活住居には9人の入居者が居て(制度上は5人~9人ですが9人のところが多い)、9人の入居者に対して職員が9名配置されていれば、いとも簡単に添うことができますが、制度上も現状もそんなはずはないからです。
制度上の職員配置はここでは述べませんが、日中の時間帯に介護職員2名配置が多いかと思いますので、例えると、1人の入居者に1名の職員がつきっきりで付き添うと「入居者1人に対して付き添う職員1名」と「残りの入居者8人に応じる職員1名」の状況になります。
また、管理者等も含めて日中3名の職員がいたとしても、家に帰りたい入居者が2人になれば「帰りたいと言われる入居者1人に対して付き添う職員1名の2人分」と「残りの入居者7人に応じる職員1名」になってしまい、現実的な対応策となりにくいことでしょう。
だから、多くの介護従事者は「家に帰りたい」と言われる認知症の状態にある方に「どう応じてあげればいいのか」に戸惑っているのが現状で、事業所に鍵をかけて有無を言わせず閉じ込めているところが多くなっているのではないでしょうか。
介護事業所に鍵をかけて閉じ込め事業所の外に向かって行動できないようにする
僕は自分の著書「大逆転の痴呆ケア(中央法規出版)」の中で「施錠しない施錠肯定派」と書いたように、介護事業所に鍵をかけて閉じ込めることを否定しませんが、自分は可能な限り施錠して閉じ込める実践はしないようにしてきました。
認知症の状態にある方が住まうグループホームが老人福祉法において制度化された時は「夜勤者を配置しなくても宿直者で良い」という人員配置基準でした。
つまり、24時間を通して支援にあたる職員を配置しなくてもよいという職員配置基準ということになりますが、認知症の状態にある方々が住まう介護事業所において事足りるわけはなく「夜勤同然の宿直」というのが実情でした。
僕も仲間と共にその実態を国に訴えましたし、国も実情を鑑みて現在の24時間の職員配置(夜勤配置)になった経緯があります。
僕自身、1999年東京都で初めて老人福祉法に基づくグループホームに従事していたので、介護保険法施行後もローテーションの一員として事業所で宿直をしていました。
このとき、他の職員には求めませんでしたが、自分は「夜中も鍵をかけて閉じ込めることはしない実践」を試みてみました。でも、あるときうかつにも眠ってしまい、朝、インターホンの音で目覚めるという大失態を犯してしまいました。
「あのー、お宅の入居者さんだと思う方が外に居らっしゃいますよ」
「エーッ」
すぐに見に行くと、うちの入居者つゆこさんが、隣接する別の建物の外階段のところに座っていたんです。
グループホームの玄関を出入りすると「ピンポーン」と言うチャイムが鳴るようにしていたので「出入り」の状況はわかるのですが、いくら音が知らせてくれても眠ってしまってはねェ。
自分のくだらない挑戦心で入居者や家族、他人様にご迷惑・ご心配・不安な気持ちを抱かせるわけにはいきませんから、遅出勤務者が帰宅して夜勤者1人の時間帯になる20時頃から翌朝日勤者が出勤してくる9時頃までの時間帯は介護事業所に鍵をかけて閉じ込めさせていただくようにしました。
その話を入居者の家族たちにすると大笑いされ「閉じ込めてください」と言われましたがね。
介護業界に入ってすぐに勤務した特別養護老人ホーム(以下 特養)は、日中時間帯は鍵をかけて閉じ込めない支援策を講じていましたし、その後も自分の実践では夜間帯以外、鍵をかけて閉じ込める策をとった経験を持ち合わせてはいませんが、
その分、どうしたら介護事業所内に滞在していただけるかを思考し試行でき「家に帰りたい」と言う方にピタリはまる支援策の幅が広くなったのではないかと思います。
策は無限 考はシンプル
その思考と試行を経て、行き着いたのが「人はなぜ家に帰ろうとするのか」という「そもそも」のことで、それが「僕の理」にできたことで支援策の幅はぐーんと広がりました。
認知症の状態にある方が「帰りたい」と言われたときよく聞くと、ほぼ「その理由」を語られます。
「息子が帰ってくるから、こんなところで遊んでいる場合じゃない」
「鍵をかけてきたかどうか心配になったから帰ってみてくるね」
「雨が降ってきたから布団をとりこまないと」
「やることやったから帰るね」
こうした理由をよく聞くと「その通り」と思えることが多々あります。
「息子さんが帰ってくるのにこんなことしている場合じゃないよね。そりゃそうだ」
「鍵かけ忘れたら大変だわ。そりゃ帰って確認しないと泥棒に入られるよね」
「布団がびしょびしょになったら大変だわ。そりゃ帰らないとね」
「やるべきことやりに来ているのだから、それが終わったら帰るのは当たり前だよね」
つまり、多くの場合「家じゃないところに居ることがわかっている」その上で帰りたい理由は「そこに居る意味や目的がなくなったから帰る」と「家に帰ることに意味や目的があるから帰る」の2パターンです。
他にも、「そこに居たくないからそこを離れる。だから帰るという言葉を出す」なんていうのもありますが、大きくはこの2パターンで、そのものの事実はどうあれ「本人の言われていることは本人にとって理にかなっている場合が多い」のではないでしょうか。
そう考えると「家に帰りたい」というのは「理に基づいた行動」ですから、それを覆すには「理」が必要で「理」でならば策を模索できる余地はあるというものです。
家に帰りたいよりも重い意味や目的
トメさん(仮名)が玄関の方に歩いて行かれるので「どちらに行かれますか」と聞くと「うちに帰るんだよ」と言われましたので「お気をつけてお帰りくださいね」と声をかけさせていただきました。
僕は口ではそう言いましたが頭の中は「今は絶対に帰さない」「さて、どうするか」でグルグル思考します。
「トメさん、お帰りになる前にひとつお願いがあるんですけど」と恐る恐る言うと
「なんだよー」と不機嫌そうな口調で返ってきました。
仕事が終わり、そそくさと家に帰ろうとする皆さんに上司が「頼みがあるんだ」と言ってきたようなものですから、皆さんが不機嫌になるのは無理からぬこと。
「トメさん、実は今朝から何も食べていなくてお腹が空いて空いて、たまらないんです」
「まぁ」
「帰る前に、トメさんの卵焼きをつくってもらえないですかね」
「・・・」
「トメさん、お願いします」
「しょうがないわねェ」
とリビングに戻ろうとしてくれたので「ありがとうございます」と言って、しまってあった調理道具と食材をトメさんの目に入るように引っ張り出し「助かります」とニコニコ顔で伝えました。
僕がどこの誰だかはわかっていないでしょうが「見たことのある男」であることは間違いなく、そいつがトメさんの得意なことで懇願してきたのを無下にはできなかったのでしょう。
というか、僕はトメさんの模様「無下にはしない方である」ことを知っていますから、トメさんの得意なことをお願いした次第です。
トメさんにとって最も重い意味や目的は「家に帰る」ことで、そこに向かって行動をとっていましたが、僕のお願いによって優先順位が変わったため卵焼きをつくる行動に変わったということです。
長くなりましたので、続きは次回とさせていただきます。
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